記号の世界ゟ

このブログでは, 数学書などの書評を書きます。また、受験などの勉強法をまとめます。

Zornの補題を使った代数的閉包の存在証明


2017年はZorn補題の便利さが身に沁みた一年でした.
例えば、超越基底の存在はZorn補題で簡単に証明できました.(スカイプで『微分体の理論』を読むゼミをやっていて,そこで勉強しました.)
一方で,雪江『代数学2 環と体とガロア理論』にも書いてあるように,代数的閉包の存在証明にZorn補題を適用するには注意が必要です.
 Kに対して \Sigma:= \{ L \mid L\text{ は } K\text{ の代数的拡大}\}を考えても  \SigmaZorn補題を適用することは出来ません.
なぜなら \Sigmaは集合ではないからです.(集合にしては大きすぎる.)
ところが,足立恒雄先生の本には,Zorn補題でも代数的閉包の存在が証明できると書いてありました.
Zorn補題による証明は簡潔で好きなので,これをまとめようと思います.


集合論を知ってる方や気にせず読める方は2節からお読みください.

集合論の復習


素朴にZorn補題を使おうとすると,集合論的な問題が現れるのでした.
そこで集合論の基本的なことを復習します.


定義. X, Y を集合とする.単射  f \colon X \to Yが存在するときに |X| \leq |Y| と書く.
定義. X, Y を集合とする.全単射  f \colon X \to Yが存在するときに, XYは濃度が等しいといい |X| = |Y| と書く.
定義. X, Y を集合とする. |X| \leq |Y|であるが  |X| = |Y|ではないとき, |X| < |Y|と書く.
定義.集合Xが無限集合であるとは,Xの部分集合で可算無限集合が存在することをいう.
定義.集合Xの部分集合のなす集合を P(X)と表す.
 X \in P(X)ではありますが,単射 X \to P(X) x \mapsto \{x\}で定まるので, X \subset P(X)と考えても問題はありません.


カントールの定理  |X| < |P(X)|は有名なので証明は省略します.


集合の直和 \sqcupと直積  \timesも使いますが,説明は省略します.


可算無限集合 Yに対しては |Y \times Y| = |Y|が成り立ちます.
いわゆる,自然数有理数の大きさ(濃度)が同じという事実の根拠です.
これの証明は省略します.


また,無限集合  Xとその部分集合 Y \subset Xに対して, |Y| < |X|ならば, |X - Y| = |X|が成り立ちます.
つまり,無限集合から真に濃度が小さいものを引いても濃度は変わりません.
直感的に分かるような分からないような命題ですが,証明は少し難しいので省略です.


以下が成り立ちます.

補助定理.1
 Xを無限集合とする.このとき, |Y| \leq |X|ならば, |X \times Y| = |X|である.

(証明) Y  = Xの場合(一番難しい場合)を示せば,一般の場合はすぐにわかる.
よって,Y = Xとする.


ここで以下のような写像の集まりを考えます.
考える写像 fは,ある部分集合 Z \subset Xが存在して,その直積 Z \times Zを定義域に持ち終域が Zとなるものです.
特に, f: Z \times Z \to Z全単射になるものを考えます.
このような写像の集まりを \Sigmaと書くことにします.


ここで  \Sigmaは空でない帰納的順序集合であることが分かります.
まず, Xが無限集合であることから,可算無限な部分集合 Yが存在します.
可算無限集合の性質から全単射  Y \times Y \to Yが存在します.
よって, \Sigmaは空でないです.
次に, \Sigmaの順序 f \leq gを以下のように決めます.
 f \colon Z \times Z \to Z g \colon W \times W \to Wがあったとき, Z \subset Wであり,
 gの制限が  fに一致する,つまり, g|_{Z\times Z} = fとなるときに, f \leq gと定めます.
すると, \Sigma帰納的集合であることは簡単に分かります.
よって,Zorn補題により,\Sigmaには極大元 m\colon M \times M \to Mが存在します.
ここで, M \subset Xに注意.


最後に, |X| = |M|を示します.
これが分かれば, |X \times X| = |M \times M | = |M| = |X|となり,主張が証明出来ます.
背理法で示します.
 |M| < |X|と仮定します.
すると,上で紹介した事実により,|X - M| = |X|となります.
特に, |M| <  |X - M|となるので, X-Mの部分集合 Z |M| = |Z| となるものが存在します.
直和と直積の性質を使うと,

\quad (M \sqcup Z) \times (M \sqcup Z) = (M \times M) \sqcup (M \times Z) \sqcup (Z \times M) \sqcup (Z \times Z)
となります.
一方,全単射  m \colon M\times M \to Mが存在し, |M| = |Z|なので,
 
\quad |(M \times Z) \sqcup (Z \times M) \sqcup (Z \times Z)| = |Z|
が分かります.
つまり,上の等式は,

\quad |(M \sqcup Z) \times (M \sqcup Z)| = |M \sqcup Z|
を意味します.
特に,全単射  n \colon (M \sqcup Z) \times (M \sqcup Z) \to  M \times Z を制限したものが  mとなるように取れることは簡単に分かります.
よって, m < nとなり,これは mの極大性と矛盾します.
つまり, |X| = |M|であることが分かりました. \square

補助定理. 2
集合 Yと集合族  X_{\lambda} (\lambda \in \Lambda)を考える.
このとき,任意の  \lambda \in \Lambdaに対して  |X_{\lambda}| \leq |Y|であれば, |\sqcup_{\lambda \in \Lambda} X_{\lambda} | \leq | \Lambda \times Y|である.

(証明)仮定から任意の  \lambda \in \Lambdaに対して,単射  f_{\lambda} \colon X_{\lambda} \to Y 存在する.
よって,関数  F \colon \sqcup_{\lambda} X_{\lambda} \to \sqcup_{\lambda} YF(\lambda, x) = (\lambda, f_{\lambda} (x))で定めれば, F単射である.
よって, |\sqcup_{\lambda} X_{\lambda}| \leq |\sqcup_{\lambda} Y| = |\Lambda \times Y|が得られた.  \square

代数閉包の存在証明


まず,体論の基本的な結果を復習します.

補助定理. 3
 Kを体, f Kの既約多項式とする.
このとき, K[X]/(f(X))fの根を全て含むKの拡大体であり,K上代数的な元を一つ添加した単拡大である.
(特に代数的拡大である.)

この定理は環論の基本的な結果から導くことができます.


Zorn補題を使うためには以下の補題が重要です.

補題 
Kを無限体, L/Kを代数的拡大とする.
このとき, |L| = |K|が成り立つ.

(証明)まず,K係数のモニックな既約多項式がなす集合を Iとする.
 f \in Iに対して, L_f := \{ a \in L \mid f(a) = 0\}とする.
仮定より, L = \cup_{f \in I} L_fである.
直和の性質から  | \cup_{f \in I} L_f | \leq |\sqcup_{f \in I} L_f| である.
 L_fは有限集合であるから,補助定理1と2により,

\quad  |\sqcup_{f \in I} L_f| \leq |I \times \mathbb{N}| \leq |I|
よって, |L| \leq |I|を得る.


次に,K係数のモニックな多項式n次のもののなす集合を  I_nで表す.
 I = \sqcup_{n \in \mathbb{N}} I_nである.
また,補助定理1により,  |K | = |I_n|である.
よって,補助定理1と2により,

\quad |I| = |\sqcup_{n \in \mathbb{N}} I_n| \leq |\mathbb{N} \times K| \leq |K|
となる.


以上により, |L| \leq |K|を得る.
 |K| \leq |L|は明らかなので,証明が終わった. \square


最後に代数的閉体の存在をZorn補題を用いて証明をしましょう.

定理(シュタイニッツの定理の一部)
無限体 K に対して,その代数的閉包  Lが存在する.

(証明) S = P(K)とおく.
 K \subset Sと考えて良いのであった.


ここで, Kの代数的拡大  E K \subset E \subset Sとなるもののなす集合を \Sigmaと表す.
ここで, Sの部分集合には体の構造が入っていないが,体の構造を入れることが出来るものは体であると考えることにしている.
また,集合として同じ \Sigmaの元でも体の構造が違うものは別のものだと思うことにする.


このとき, \Sigmaは空でない帰納的順序集合である.
まず, K \in\Sigmaなので空ではない.
次に, L_1, L_2 \in \Sigmaに対して, L_2/L_1が体の拡大であるときに, L_1 \leq L_2と定義し順序を定める.
これが帰納的順序であることは簡単に分かる.
よって,Zorn補題により,極大な元 M \in \Sigmaが存在する.


最後に, M Kの代数的閉包であることを示す.
そのためには, M代数的閉体であることを示せば良い.
(ここまでで集合論の準備は一切使っていない.)
 M上既約多項式 fをとる.
補助定理3により, fの根を全て含む代数的拡大体  M' (\supset M)が得られる.
補題により,|M'| = |M|であり,カントールの定理より  |M| < |S|である.
よって, |M'| < |S|となり,単射  \phi \colon M' \to Sが存在する.
特に, \phi (M') \supset Mとなるように取れる.
この像を  M^* := \phi(M')とおく.
全単射 \phi\colon M' \to M^*により  M^*には  M'と同型な体の構造が入る.
 M' Kの代数的拡大なので, K \subset M^* \in Sは代数的拡大であり  M^* \subset \Sigmaである.
 Mの極大性から M = M^*である.
つまり, Mの任意の既約多項式の根は  Mに含まれる.
つまり, M代数的閉体である.

終わりに


Zorn補題のこのような使い方を知っておくと,結構役に立つのではないかと思います.
また,今回使った集合論の結果は,集合論の本では単調に示されていくものなので,成り立つことは分かっても,どの結果から導かれたのか分かりにくいと思います.
しかし,このように応用で使われる場面を知っておくと,印象が残って集合論を勉強するときにも役に立つのではないかと思います.


(参考文献)
足立恒雄『数 体系と歴史』

吉田善章『応用のための関数解析』

今回は関数解析の本の感想を書きます. 関数解析の使い方が分かる非常に面白い本です.

新版 応用のための関数解析―その考え方と技法 (SGC BOOKS)

新版 応用のための関数解析―その考え方と技法 (SGC BOOKS)

本の内容

本著は偏微分方程式や物理への応用を目指した関数解析の入門書です. 1章はBanach空間やHilbert空間など有限とは限らないベクトル空間についての解説で, 2章はそれらの間の"写像"である作用素についての解説です. この2つ章で関数解析の基本的な考え方が学べます. 3章は関数解析偏微分方程式の応用です. 4章はベクトル場の理論, 5章は非線形理論です. 付録は3つあり, 付録AとBではよく出てくる関数空間と不等式がそれぞれまとめてあるので便利です. 付録Cは微分形式やコホモロジーの簡単な説明で, 4章で使う予備知識がまとめてあります.

感想


関数解析偏微分方程式論に興味はあるのですが, 概念や定理が膨大すぎて, これまではなかなか分かったという感じになりませんでした. 関数解析の本も偏微分方程式の本でも, 初めから読めば理解は出来るんだけど, 素人でも定義の意味や定理の価値が分かるように書かれている本は少ないと思います. (大学の授業を受けるなど, プロの考え方に触れることができれば別なんでしょうが...)


この本の良いところは, 定義や定理の必要性や価値が分かるように書いているところです. 特に, どこに困難がありどうやって解決できるかが分かるようになっています.

1章と2章で関数解析の基本的な概念を説明しているのですが, 必要最低限だけを書いているので迷子にならずに読み切ることができます. ただし, 後の章で使うために説明してるものがいくつかあり, その記述だけでは意味が分からないものがあるので, 唐突だと感じた概念は読み飛ばしても良いかもしれません. ところで, 恥ずかしながら, 位相空間論の可分性(separablility)がよく分かってなかったんですが, 関数解析の文脈では非常にスムーズに理解できますね. この本のおかげで分かりました. (この概念は用語が悪い!!).


面白かったのは3章です. 偏微分方程式や発展方程式がテーマではありますが, この章は線形作用素の性質の解説の役割を担っています. 偏微分方程式は特に楕円方程式を扱っています. 方程式の条件(非斉次項)の滑らかさが解の滑らかさに遺伝するという楕円型方程式の性質が, どのような仕組みで現れるのかということが詳しく説明されています. さらに強楕円作用素なる概念があることも紹介しており, 楕円作用素論の奥行きを感じさせてくれます. 個人的には, 楕円型・放物型・双曲型とそれぞれの偏微分方程式が個性を持っていて, それぞれで研究内容が全然違うということが面白いと思っています. (この本で, 楕円型以外について少しぐらい説明があるとよかったんですが.) 話を戻します. 数値計算で使われる近似理論(Galerkin近似)についての説明もあります. 数値計算という数学に乗りにくそうな分野が, 関数解析は見事に扱ってみせるので, 数学以外の人も存在は知っていてほしい内容です. さて, 発展方程式に関してですが, 半群やHille-Yosidaの定理など聞いたことはあるもののよく分かっていなかった概念が, 非常によく分かりました. ポイントは有界作用素が非常に扱いやすいということと, 有界作用素でできることを非有界作用素の場合にどのように拡張するか, ということのようですね. 簡単に言えば, ある種の性質を持つ非有界作用素有界作用素で近似できるというのがYosida近似であり, これによって非有界作用素の問題は有界作用素の問題に落ちる(有界作用素の解の極限で解ける)というのがHille-Yosidaの定理です. これじゃ意味が分からないかもしれませんが, この本を読むとこの定理の価値が分かるようになっています. 感動しました.


4章と5章は実はちゃんと読めていません. 4章はベクトル解析の内容で, 関数解析とどう関係するのかなと思いました. 簡単に言えば, ストークスの定理を扱っており, 境界の扱いで関数解析が使われます. 確かに, 偏微分方程式の境界値問題を考えるならこの章は自然な流れにも思います. その他にもWeyl分解やHodge-Kodaira分解なるものが出てきます. 電磁気への応用も書いてあるので, 物理的な意味を考えながら読むと良い章なのかもしれません. 5章は非線形問題で, もちろん一般の非線形問題を考えるわけですが, 3章で線形作用素を考えていたので, この章で非線形作用素を考えるという構成にもなっているわけです. この章も物理への応用に使えるものばかりですが, この本でそれが分かるようになっているわけではありません.

最後に


関数解析偏微分方程式に少し触れたことがある人が, 専門書に行く前に読む本として最適だと思います. 少ないページ数で多くのトピックを扱っているため, 当然この本の説明だけでは分からないだろうなという部分も多く, この本で関数解析偏微分方程式に初めて触れるという人にはさすがに厳しいかもしれません. 関数解析の専門的な本(Yosida, Functional Analysisなど) は分厚くて難しい本が多いです. しかし, この本で, 専門的な関数解析の本でやりたいことがやっと分かった気がしました. もしかしたら, この本に書いてあることが分かる人は専門書を読むべきだが, そうでない人はまずこの本を読むべきだと言えるのかもしれません. 僕は, そういう立ち位置の本だと思います.

微分ガロア理論の文献

微分ガロア理論に関する文献をまとめます. 微分ガロアに限らず, それを勉強するために必要な知識や, 関連する分野の文献もまとめます.
著者とタイトルは書きますが, その他のデータ(出版社や年度)まで書くのは大変なので省略することがあります. このブログは少しずつ改良していく予定です.

微分ガロア理論の教科書

・M. van der Put, M. Singer, Galois Theory of Linear Differential Equations.
微分ガロア理論の定番書. 1章でPicard-Vessiot理論の基本的な定理を説明した後, 4章までは代数的な理論, 5章から13章までは解析的な理論を解説している. Picard-Vessitot理論のほとんど全てがこの本にある. 付録では代数幾何や淡中圏についても書いている. 1章のいくつかの重要な結果の証明は, 付録の代数幾何の部分を理解していなければ読むことは厳しい. 証明にこだわらなければ, 1章の定理を認めて気になる章を読んでいけばよい.

・J. F. Ritt, Differential Algebra.
線形微分方程式を扱うPicard-Vessiot理論は, KolchinやRittによる微分代数の理論により正当化されたと言われている. Kolchin-Rittの理論では非線形微分方程式を扱うことができ, 微分ガロア群は線形代数群とは限らず一般には代数群である. 歴史的に重要なので教科書としては挙げたが, 入門段階では読む必要はない. ただし, 梅村先生の無限次元ガロア理論を学ぶときにはこの本の内容も知る必要があるかもしれない.

・I. Kaplansky, An Introduction to Differential Algebra.
古典的な入門書. 昔は簡単な本がこの本しかなかったため, よく参考文献に挙げられているが, たくさんの本が出始めている現在ではそれほどいい本だとは思わない. Kolchin-Rittの理論に従って書かれているものの, 2階の微分方程式に制限して証明したり, 簡単に書こうとする努力があってか, KolchinやRittよりも最近の本に近い書き方である. この本のおかげで以下のMagidのような本が生まれたのだと思う.

・A. Magid, Lectures on Differential Galois Theory.
Kolchin-Rittの理論を経由せずにPicard-Vessiot理論を説明する現代のやり方は, この本で確立されたと思われる. 上のvan der PutとSingerの1章の内容が丁寧に書かれている本である. 通常, 一つの微分方程式を考えるため, 普通ではあまり考えないPicard-Vessiot拡大の列などについても書かれている. 代数的なガロア理論との対比が念頭に置かれているのかもしれない. 最後の章は逆問題を扱っている.

・西岡久美子, 微分体の理論
日本語の唯一の微分ガロア理論の本. Kolchin-Rittの理論に沿って書かれている. 応用の章ではPainleve方程式の既約性を扱っており, そのためにはKolchin-Rittの理論が必要なのである. 洋書と比べても非常に優れた本だと思うが, 最近のPicard-Vessiot理論を扱った本とはずいぶん違うので, 注意も必要.

・T. Crespo, Z. Hajto, Algebraic Groups and Differential Galois Theory.
微分ガロア理論で必要となる代数幾何と代数群の説明が一通り書かれている珍しい本. Picard-Vessiot理論については, 基本的な定理の証明も書かれている. 応用として, 有理関数体  \mathbb{C} (X) 上の微分方程式を取り上げており, 特にKovacicの定理の証明と適用例が書かれている. 代数幾何や代数群について書かれているものの, あまり分かりやすくはない. 特に, 代数群の部分はHumphreysの"Linear Algebraic Geometry"のコピーアンドペーストのページも多い. 微分ガロア理論を勉強とする人は, 代数幾何や代数群の知識がない人が多いと思われるので, そのような人にはいい本だと思う.

・J. Sauloy, Differential Galois theory thorough Riemann-Hilbert Correspondence, 2016.
解析方面から微分ガロア理論を目指す珍しい本. 1部は複素関数論, 2部は複素領域の微分方程式, 3部はリーマン・ヒルベルト対応, 4部は微分ガロア理論という構成. 微分ガロア理論を詳しく解説しているわけではないが, 微分方程式論から微分ガロア理論への流れが自然なので, 初めて微分ガロア理論を勉強する人には最も勧められる本かもしれない.

・J. J. Morales-Ruiz, Differential Galois Theory and Non-integrability of Hamiltonian Systems.
ハミルトン系の非可積分性判定手法であるMorales-Ramis理論の解説を目的とした微分ガロア理論の本. Morales-Ramis 理論が出た当時は, 分かりやすい本がこれしかなかったからか, 微分ガロア理論はこの本しかないと思い込んでいる人がそこそこいる. 微分ガロア理論の説明が詳しいわけではないが,  \mathrm{SL} (2, \mathbb{C} ) の部分群の分類や超幾何方程式に関する木村の定理など, 応用で重要な結果が詳しく書かれている.

・J. F. Pommaret, Partial Differential Equations.
JetバンドルやProlongationを導入し, リー群の微分方程式への応用をホモロジー代数を用いて説明している. 途中でD加群微分代数を導入している. 最後には制御理論と連続体力学に理論を適用している. 微分ガロア理論に限らず, 群論微分方程式論の中でどのような役割を果たすかが分かる.

・G, Duval, Valuations and Differential Galois Groups, 2011.
新しい本. 読んだことがない. ページ数も少なく良さそうな本だが, valuation(付値)の応用がほとんどのページを占めているため, 微分ガロア理論を勉強したい人が読む本ではないかもしれない.

入門的な文献

微分ガロア理論を知りたいなら教科書よりも簡単な文献で全体像をつかむと良い. そのために役立つ文献を挙げる.
・M. van der Put, Galois Theory of Differential Equations, Algebraic Groups and Lie Algebra.
簡潔かつ丁寧にPicard-Vessiot理論を解説している. 例も多く他の文献にない説明もあり, 非常に優れた文献である.

・M. F. Singer, Introduction to the Galois theory of linear differential equations.
前提知識を仮定せず, 最新の研究までを解説している. 上で挙げたvan der Putと比べると, ミスがあったり説明があまり丁寧ではないが, じっくり読む価値はある.

・C. Mitschi, Monodromy in linear differential equations (Divergent, Series, Summability and Resurgence I のPart I).
上で挙げたSingerと同じようなトピックを扱っている. というより, それを丁寧に書き直したものだと思う.

・D. BertrandによるMagid, Lectures on differential Galois theoryのreview, BULLETIN OF THE AMERICAN MATHEMATICAL SOCIETY.
Magid本のレビューであるが, 微分ガロア理論の発展が解説されている.

無限次元ガロア理論

無限次元微分ガロア理論は Malgrange と梅村先生の二つの理論がある. これら二つの理論の能力が等しいことは梅村先生によって示されている. (フランス語の論文でしかも入手方法が分からないので読めない.) それぞれの理論の文献を挙げる.

・B. Malgrange, Pseudogroupes de Lie et théorie de Galois différentielle, 2010
Malgrange による彼の理論の解説. かなり丁寧に書かれているようであるが, 私には読めない.

・B. Malgrange, On nonlinear differential Galois theory, 2002.
Malgrangeの理論の英語の解説. 定義を復習した後, 例や未解決問題を説明している.

・G. Casale, An introduction to Malgrange Pseudogroup, 2000
Painleve方程式や可積分判定へ無限次元ガロア理論を適用している研究者であるCasaleによるMalgrange理論の解説. 何度もチャレンジしているが私は理解できていない.

・H. Umemura, Galois theory of algebraic and differential equations, 1996
無限次元微分ガロア理論の論文パート1.

・H. Umemura, Differential Galois theory of infinite dimension, 1996.
無限次元微分ガロア理論の論文パート2.

Parametrized Picard-Vessiot 理論

最近よく研究されていると思われる微分ガロア理論. ガロア群は微分代数群という代数群の一般化になる. モデル理論からの結果も多い.

・A.Pillay, Differential Galois theory I, 1998.
・A.Pillay, Differential Galois theory II, 1997.
・D. Marker, A.Pillay, Differential Galois theory III, 1997.

・A. Pillay, Finite-dimentional differential algebraic groups and the Picard-Vessiot theory, 2002.

・A. Pillay, Algebraic D-groups and differential Galois theory, 2004.

・A. Pillay, The Picard-Vessiot theory, constrained cohomology, and linear differential algebraic groups
微分ガロア群のコホモロジーについての結果.

物理への応用

もっとも有名な応用はMorales-Ramis理論である. 他にも応用はありそうである.

・M. Audin, Hamiltonian Systems and Their Integrability.
Morales-Ramis理論の解説を目的とした本. シンプレクティック幾何や可積分性についても学べる. 微分ガロア理論は付録で解説している.

・A. J. Maciejewski, M. Przybylska, Differential Galois theory and integrability.
Morales-Ramis理論の応用の研究結果の紹介.

P. B. Acosta-Humanez, J. J. Morales-Ruiz, J-A. Weil, Galoisian approach to integrability of Schrodinger equation.
微分ガロア理論シュレディンガー方程式への応用.

Painleve方程式

Painleve方程式は既約性が長年の問題であり, その問題に対するアプローチとして微分ガロア理論が現れる. 既約の意味が論文によって違うので少し注意が必要.

パンルヴェ方程式の基本的な教科書として以下の二冊を挙げておく.
・岡本和夫, パンルヴェ方程式
・K. Iwasaki, H. Kimora, S. Shimomura, M. Yoshida, From Gauss to Painleve


無限次元微分ガロア理論の準備としても以下の3つの文献は役に立つ.
・梅村 浩, Painleve 方程式の既約性について, 1987.
・梅村 浩, Painleve 方程式と古典関数, 1995.
・梅村 浩, Painleve 方程式の100年, 1999.

・G. Casale, J. A. Weil, Galoisian methods for testing irreducibility of order two nonlinear differential equations, 2015.
無限次元ガロア理論のPanleve方程式の既約性判定への応用. Morales-Ramis-Simoによる非可積分判定のアイデアが使われているようで面白い.

標数・p進数・実数体

微分ガロア理論において定数体が代数閉体であるという仮定や標数0の仮定が重要である. そのため, 定数体を一般化して微分ガロア理論を定式化しようとするのは自然である.

・M. van der Put, Differential equations in characteristic p, 1995.
グロタンディーク予想をモチベーションとして正標数微分体上の微分ガロア理論を考察している. この段階でPicard-Vessiot拡大の一意性まで言えていないようであるが, 淡中圏を用いて様々な結果を得ている.

・T. Creeps, Z. Hajto, E. Sowa, Picard-Vessiot theory for real fields, 2013.
通常のPicard-Vessiot理論は, 係数が代数閉体であることを仮定する. そのため, 実関数の微分方程式でも複素関数のクラスで考える. この論文は実関数のままPicard-Vessiot 理論を展開する方法を与えている. 例えば, 実関数の積分が実関数の初等関数で書けることの判定するなどの応用がある.

・T. Creeps, Z. Hajto, M. van Der Put, Real and p-adic Picard-Vessiot fields, 2016.
淡中圏やガロアコホモロジーを用いてPicard-Vessiot体の一意性を示したもの. p進微分方程式も扱えるようになっている.

・B. Dwork, Lectures on p-adic Differential Equation.
p進微分方程式の教科書.

常微分方程式

微分ガロア理論と複素領域の微分方程式の理論には密接な関係がある.

・坂井秀隆, 常微分方程式
微分方程式の重要な定理を全て書いている. しかも, ほとんどの定理にはきちんと証明もついている. 特に, 力学系への応用にも詳しく, 可積分の定義や関連する重要な結果も紹介している. 微分方程式を勉強するならこの本を持っておくべきだと断言できる. それほどの良書.

・高野恭一, 常微分方程式
複素領域の微分方程式について, 丁寧に解説した本. 定評のある本であり, 初めて勉強するなら非常に良い.

・原岡善重, 複素領域における線形微分方程式
複素領域の微分方程式の本で, 特にフックス型と呼ばれる方程式について詳しい. 高野先生の本を詳しくしたものだと思えば良い. 途中では微分ガロア理論も紹介されている.

代数幾何

微分ガロア理論を勉強する上で代数幾何が必要となるのには二つの理由がある. 一つは微分代数は微分多項式の零点を研究する分野と見ることができ, その意味で代数幾何の一般化であること. Ritt-Kolchinの理論はそのような問題意識があり, Picard-Vessiot理論では代数幾何の定理が必要となることが時々ある. 二つ目は, 微分ガロア群は代数群であり, 代数群を理解するには代数幾何が必須であることである. あと, 梅村先生の微分ガロア理論を理解するには代数幾何は前提である.

・T. Garrett et al. ,Algebraic Geometry - A Problem Solving Approach.
多くの具体例を通して, 代数幾何の基本が学べる本. 微分ガロア群では, グロタンディークの代数幾何のような現代的な代数幾何は必要ない. 微分ガロア理論で使う程度の代数幾何が勉強できる本を知らなかったが, 最近見つけたこの本がベストのようである.

代数群

以下の3つの本は線形代数群の基本的な教科書である.
・J.E. Humphreys, Linear Algebraic Groups.
・A, Borel, Linear Algebraic Groups.
・T. A. Springer, Linear Algebraic Groups.

その他文献

微分ガロア理論やそれに関係する文献を挙げる.

・R. C. Churchill, J. J. Kovacic, Cyclic vectors, 2002.
高階の微分方程式は1階の連立微分方程式に簡単に書き変えることができる. この逆を行うには, cyclic vectorと呼ばれるものを計算する必要がある. この論文はcyclic vector の簡単な計算方法を与えている.

・M. van der Put, Galois theory and algorithms for linear differential equations, 2005.
微分ガロア群の計算方法についてのサーベイ.

・H. Zoladek, Two remarks about Picard-Vessiot extensions and elementary functions, 2000.
Picard-Vessiot理論のガロア対応の証明について書いてある. また初等関数についても書いてある. 分かりやすかった.

・A. Seidenberg, Abstract differential algebra and the analytic case, 1958.
・A. Seidenberg, Abstract differential algebra and the analytic case II, 1969.
 \mathbb{Q}上有限生成微分体は有理形関数体に埋め込まれることを示した論文. パートIIは系の証明の不十分な箇所の補足. Rittの教科書の結果を使うと非常に有用な定理が出ることが分かる.

・G. H. Hardy, The integration of functions of a single variable, 1905.
積分の計算について詳しく書いている. 特に積分の解が初等関数で書ける判定方法について非常に詳しい.

・M. Kamensky, Model theory and the Tannakian Formalism, 2014

・R. C. Churchill, Liouville's theorem on integration in terms of elementary functions, 2002.
積分が初等関数で書けることを判定するLiouvilleの定理の解説. 前半は微分代数の入門としても優れている.

シンプソンの公式と誤差評価

今回は数値積分の一つの手法であるシンプソンの公式を紹介します. この公式が単なる近似公式ではないことを見ていきます.

(数学が苦手でない人はシンプソンの公式から読むと良いかもしれません)

数値積分とは


関数を定積分することを考えましょう。原始関数を求めれば計算ができるわけですが、実は、普段使う関数の原始関数は普段使う関数では書けないことが多々あります。例えば、 \displaystyle \frac{\sin x}{x}\displaystyle e^{-x^2/2} などは、重要であるにも関わらず、原始関数が"簡単に"書けないことが知られています。


今回は定積分, つまり, 実数を求めたいわけなので, その近似値を求めるという方向で考えていきます. 特に, 数値計算積分値を計算するということを考えます. 定積分数値計算において, ポイントは二つあると考えています.
・有限個のデータを使う
・任意の(有理数での)関数値が分かる
コンピュータを使うことから前者は自明でしょう. 一方で, 関数 f(x)積分をするときに, 好きな有理数  x での値が分かる, つまり, "使う"データは有限個でも"使える"データは無限個というのは重要です. というのも, 使えるデータが有限個で決まっているとなると, 使える手法に制限がかかります. また, 実際に決まった有限個のデータから推定値を出すという方向で考えることもあるので, それとは区別しましょうという意味です. よって, 問題は以下のようになります.


与えられるもの: 関数  f(x), x \in \mathbb{Q}積分区間  [a, b] , a, b \in \mathbb{Q}


求められるもの: 有限個の点  c_1< \dots < c_n \in \mathbb{Q} での値  f(c_1), \dots, f(c_n) から,  \int_a^b f(x) dx の近似値を求めるアルゴリズム.
特に, 使う点の個数  n が大きくなるほど精度が良くなるもの.


さらに, 問題を絞りましょう.
使う点の間隔は一定, つまり,  a_2 - a_1 = a_3-a_2 = \dots =a_n - a_{n-1} = h とします. すると,  k + 1個のデータが並ぶ区間  [ a_1, a_k] における定積分アルゴリズムを与えると、それを他の区間にも繰り返し適用することで全体の積分値が得られます。以下では、台形公式とシンプソンの公式と呼ばれるものを紹介しますが, それぞれ,  k = 2, k=3 の場合の一つの手法であり, それを全区間に繰り返すことは省略します.

台形公式


まず, 2 点でのデータが分かったときに, その間を積分区間とする定積分を計算することにしましょう. 関数  f(x)積分するかわりに, 二点  (a, f ( a ) ), (b, f(b) ) を通る直線
 \displaystyle
\quad \hat{f} (x) = \frac{f(b) - f(a)}{b - a} (x - a) + f(a)
積分します. すると, 一次関数の積分は簡単にできるので, 近似値が分かるわけです.


実際に計算してみると,
 \displaystyle
\begin{align*}
\quad \int_a^b \hat{f} (x ) dx &= \frac{f(b) - f(a) }{ b - a } \frac{(b-a)^2}{2} + f(a) (b-a) \\
&= \frac{b-a}{2} (f(a) + f(b) ) 
\end{align*}
となるので以下の近似公式が得られます.

(台形公式)
関数  f(x) aから  bまでの定積分
 \displaystyle
\quad \int_a^b f(x) dx \approx \frac{b-a}{2} (f(a) + f(b) )
の右辺で求めることを台形公式という.

図を書いてみるとすぐに分かるように, 求める図形を台形で近似したものになっています.


実際に使ってみましょう. 公式の作り方から一次関数を積分すると厳密な答えが出ることは自明です. そこで  x^2積分しましょう.  x = 1 から  x=2 まで積分すると, 近似値は
 \displaystyle
\quad \frac{2-1}{2} (2^2 + 1^2) = \frac{5}{2} = 2.5
であり, 実際の値は
 \displaystyle
\quad \int_1^2 x^2 dx = \left[ \frac{x^3}{3} \right]_1^2 = \frac{7}{3} = 2.333\dots
となり, 悪くはないですが, それなりに実際の値からはズレますね.
多項式以外にも適用してみましょう.  e^x x = 1 から  x=2 まで積分すると, 近似値は
 \displaystyle
\quad  \frac{2-1}{2} (e^2 + e^1) = \frac{1}{2}(e^2 + e) = 5.053\dots
であり, 実際の値は
 \displaystyle
\quad \int_1^2 e^x dx = \left[ e^x \right]_1^2 = e^2 - e  = 4.670\dots
となります. 式の形はずいぶん違いますが, それなりの近似値が出ている気がします.
上で述べたように, たくさんの点を取り細かく近似することで, いくらでも実際の値に近づくので, 問題があるわけではありません. しかし, もっと良い方法を考えたいものです.

シンプソンの公式

次は, 等間隔に並ぶ 3 点でのデータを使う場合を考えます.  3 点が分かればそれらを通る 2次関数が定まるので, 関数を 2次関数で近似することにしましょう.  (a ,\, f(a)) ,\, (b ,\, f(b) ) に加えてそれらの中点  ( (a+b)/2 ,\, f( (a+b)/2) )3点を通る 2次関数を \hat{f} (x)と書くことにします. すると, \int_a^b \hat{f} (x) dx \int_a^b f(x) dx の近似値であると考えることができます.

\int_a^b \hat{f} (x) dx を計算するために, 例えば, ラグランジュ補間なんかを使って  \hat{f} (x)を計算することができます. 結構計算は大変です*1. しかし, 積分の結果を知っていれば, その証明は簡単にできるので, 今回はそうします.

補題
 g (x) 2次関数とすると,
 \displaystyle
\quad \int_a^b g (x) dx = \frac{b-a}{6} \left( g (a) + 4 g \left(\frac{a+b}{2} \right) + g (b) \right)
となる.

(証明) g(x) = \alpha x^2 + \beta x + \gammaとおく. すると,
 \displaystyle 
\begin{align*}
\quad \int_a^b g(x) dx &= \frac{\alpha}{3} (b^3 - a^3) + \frac{\beta}{2} (b^2 - a^2) + \gamma (b - a)\\
&= \frac{b-a}{6} \left\{ 2\alpha (b^2 + ba + a^2) + 3\beta (b + a) + 6 \gamma \right\}
\end{align*}
であり,
 \displaystyle
\begin{align*}
\quad g(a) + 4 g \left(\frac{a+b}{2} \right) + g (b) =&\, \alpha a^2 + \beta a + \gamma \\
&+\alpha (a+b)^2 + e \beta ( a + b) + 4 \gamma \\
&+ \alpha b^2 +  \beta b + \gamma \\
=&\,  2\alpha (b^2 + ba + a^2) + 3\beta (b + a) + 6 \gamma
\end{align*}
となることから, 示すべき等式が証明できた. □

今回は,  f (x)  \hat{f} (x) x = a ,\, (a+b)/2 ,\, bでの値が等しいとするので, 補題より
 \displaystyle
\quad \int_a^b f (x) dx \approx \quad \int_a^b \hat{f} (x) dx = \frac{b-a}{6} \left \{ f(a) + 4 f \left( \frac{a+b}{2} \right) + f(b) \right \}
が分かります. よって,  f(x) 2次関数で近似することによって以下の近似式を得ることができました.

(シンプソンの公式)
関数  f(x) aから  bまでの定積分
 \displaystyle
\quad \int_a^b f(x) dx \approx \frac{b-a}{6} \left \{ f(a) + 4 f \left( \frac{a+b}{2} \right) + f(b) \right \}
の右辺で求めることをシンプソンの公式と呼ぶ.

以下では右辺を
 \displaystyle
\quad S_a^b (f) = \frac{b-a}{6} \left \{ f(a) + 4 f \left( \frac{a+b}{2} \right) + f(b) \right \}
と書くことにしましょう.

3次の多項式に適用→驚きの結果


さて, シンプソンの公式の作り方から, 2次関数までは厳密な結果が出ることが明らかなので, 三次関数  x^3積分を計算してみましょう.  x = 1 から  x=2 まで積分すると, 近似値は
 \displaystyle
\quad \frac{2-1}{6} \left( 1^3 + 4 \left( \frac{3}{2} \right)^3 + 2^3 \right) = \frac{1}{6} \left( ( 1 + \frac{27}{2} + 8 \right) =\frac{15}{4}
であり, 実際の値は
 \displaystyle
\quad \int_1^2 x^3 dx = \left[ \frac{x^4}{4} \right]_1^2 = \frac{16 - 1}{4} = \frac{15}{4}
となり, 結果が一致してしまいます. たまたまかな?と思って, 他の3次関数に適用してみても, 必ず一致することが分かります. (ぜひ自分でも計算してみてください.)


シンプソンの公式は, 関数を2次関数で近似したので, 2次関数の積分値が正しくでることは当然です. 3次関数を2次関数で近似すると当然関数は違います. しかし, その積分値は2次関数で近似しても正しくでるということが分かったのです. 今回の目標はこの現象を理解することです.


少し脱線しますが, シンプソンの公式でも  e^x積分を計算しておきましょう.  e^x x = 1 から  x=2 まで積分すると, 近似値は
 \displaystyle
\quad  \frac{2-1}{6} (e^1 + 4 e^{\frac{3}{2} } + e^2) = \frac{e + 4 e^{\frac{3}{2} } +  e^2 }{6} = 4.6723\dots
であり, 実際の値は
 \displaystyle
\quad \int_1^2 e^x dx = \left[ e^x \right]_1^2 = e^2 - e  = 4.6707\dots
となり, 小数第2位までの結果が一致しています. 非常に精度が良いです.

結果の理由1 (計算+幾何的説明)

3次関数に対しては, 近似値ではなく, 本当の公式になっているということは, 実際に代入して計算してみれば簡単に分かります.

また,  y = f(x) - \hat{f} (x) のグラフを書いてみると,  \displaystyle x =  \frac{a + b}{2} で点対称になっていることが分かります. このことから, 本当の関数と近似した関数の差  f(x) - \hat{f} (x) 積分値が  0 になることが分かるので, シンプソンの公式は厳密な値を返すということが分かります.

このように, 理由はいくらでも与えられるのですが, シンプソンの公式の本質に迫るような理由づけがしたいものです. それが次に説明する誤差評価です.

結果の理由2 (シンプソンの公式の誤差評価)

定理(シンプソンの公式の誤差)
関数  f(x) 4微分可能で f^{(4)} (x)は連続とする. (つまり,  f(x) C^4 級とする.)
このとき, 区間 [a ,\, b ] における |f^{(4)} (x)|の最大値を M,  h = (b- a)/2とすると
 \displaystyle
\quad \left| \int_a^b f(x) dx - S_a^b (f) \right| = \frac{M}{90} h^5
が成り立つ.

誤差評価の証明にはテイラー展開が必要です. ここで使うテイラー展開は数IIIの部分積分さえ分かっていれば証明ができます.

まず, 積分の基本定理より
 \displaystyle
\quad \int_a^x f^{\prime} (t) dt = f(x) - f(a)
なので,
 \displaystyle
\quad f(x) = f(a) + \int_a^x f^{\prime} (t) dt
となります. さらに, 部分積分の公式より
 \displaystyle
\begin{align*}
 \int_a^x f^{\prime} (t) dt &= - \int_a^x f^{\prime} (t) (x - t)^{\prime} dt \\
&= - \left [f^{\prime} (t) (x-t)  \right ]_a^x + \int_a^x f^{\prime \prime} (t) (x-t) dt \\
&= f^{\prime} (a)  (x-a)+ \int_a^x f^{\prime \prime} (t) (x-t) dt 
\end{align*}
が成立するので,
 \displaystyle
\quad f(x) = f(a) + f^{\prime} (a)  (x-a) + \int_a^xf^{\prime \prime} (t) (x-t)  dt
となります. これを繰り返すわけですが, もう一回分だけ書いておくと,
 \displaystyle
\begin{align*}
 \int_a^xf^{\prime \prime} (t)  (x-t) dt &=  - \int_a^x f^{\prime \prime} (t) \left( \frac{(x-t)^2}{2} \right)^{\prime} dt   \\
&=  \frac{ f^{\prime \prime} (a)}{2} (x-a)^2 + \frac{1}{2} \int_a^x  f^{\prime \prime \prime } (t) \, (x-t)^2dt
\end{align*}
となるので,
 \displaystyle
\quad f(x) = f(a) + f^{\prime} (a) \, (x-a) +   \frac{ f^{\prime \prime} (a)}{2} \, (x-a)^2 + \frac{1}{2} \int_a^x f^{\prime \prime \prime } (t) \, (x-t)^2 dt
と書けます. これを繰り返して得られる式を a周りのテイラー展開と言います.

補題テイラー展開
関数  f(x) n+1微分可能で f^{(n+1)} (x)が連続なら
 \displaystyle
\quad f(x) = \sum_{k=0} ^n  \frac{f^{(k)} (a)}{k !} (x - a) ^k + \frac{1}{n!} \int_a^x f^{(n+1)} (t) \, (x-t)^ndt
と書ける.

この補題を用いて, 誤差評価の証明をします.

(証明)
計算を簡単にするために,  m = (a+b)/2,\, h = (b - a)/2 (= b - m = m - a) とおく.
また,
 \displaystyle 
\quad e(h) =  \int_{m - h} ^{m+h} f(x) dx - S_{m - h}^{m + h} (f) \,  ( =  \int_a^b f(x) dx - S_a^b (f))
とおいて, この関数をテイラー展開を用いて評価する. そのために, この関数の微分を計算する.
ここで,
 \displaystyle
\quad S_{m - h}^{m + h} (f) = \frac{h}{3} \left\{ f(m-h) + 4 f(m) + f(m+h) \right\}
であることに注意する. 以下で, 計算が中途半端に見える部分があるが, 機械的に計算できることと計算量が少なくなることを意図している. まず一階の導関数
 \displaystyle
e^{\prime} (h ) = f(m+h) + f(m- h) - \frac{1}{3} \left\{ f(m-h) + 4 f(m) + f(m+h) \right\} - \frac{h}{3} \left\{ - f^{\prime} (m-h) + f^{\prime} (m+h) \right\}
であり, 微分係数 \displaystyle\quad e^{\prime} (0)  = 0 となる.  2階の導関数
 \displaystyle
\begin{align*}
e^{\prime \prime} (h) =& \, f^{\prime} (m + h) - f^{\prime} (m - h) - \frac{1}{3} \left\{ - f^{\prime} (m-h) + f^{\prime} (m+h) \right\}  \\
&- \frac{1}{3} \left\{ - f^{\prime} (m-h) + f^{\prime} (m+h) \right\}  - \frac{h}{3} \left\{ f^{\prime \prime } (m-h) + f^{\prime \prime} (m+h) \right\} 
\end{align*}
であり, 微分係数 e^{\prime \prime} (0) = 0 となる.  3階の導関数
 \displaystyle
\begin{align*}
e^{\prime \prime \prime } (h) =& \, f^{\prime \prime } (m + h) + f^{\prime \prime} (m - h) - \frac{1}{3} \left\{ f^{\prime \prime } (m-h) + f^{\prime \prime} (m+h) \right\}  \\
&- \frac{1}{3} \left\{  f^{\prime \prime} (m-h) + f^{\prime \prime } (m+h) \right\}  - \frac{1}{3} \left\{ f^{\prime \prime } (m-h) + f^{\prime \prime} (m+h) \right\} \\
&-  \frac{h}{3} \left\{ - f^{\prime \prime \prime} (m-h) + f^{\prime \prime \prime } (m+h) \right\}  \\
= & -  \frac{h}{3} \left\{ - f^{\prime \prime \prime} (m-h) + f^{\prime \prime \prime } (m+h) \right\}
\end{align*}
となり, やはり微分係数 e^{\prime \prime \prime} (0) = 0 となる. のちの不等式評価で便利なように  f4 次の導関数のみが現れるように,  e (h) 4 次の導関数を計算すると
 \displaystyle
\begin{align*}
e^{(4)} (h) & =  -  \frac{1}{3} \left\{ - f^{\prime \prime \prime} (m-h) + f^{\prime \prime \prime } (m+h) \right\} -  \frac{h}{3} \left\{  f^{(4)} (m-h) + f^{(4) } (m+h) \right\} \\
& = - \frac{1}{3} \int_{m - h}^{m + h} f^{(4)} (t) dt -  \frac{h}{3} \left\{  f^{(4)} (m-h) + f^{(4) } (m+h) \right\}
\end{align*}
と書ける.

以上の結果, テイラー展開 n = 3とした場合にあてはめると,
 \displaystyle
\quad e(h) = \int_0^h \frac{(h - t)^3}{3!} e^{(4)} (t) dt
となる. 絶対値をとり, 不等式を評価していくと
 \displaystyle
\quad \left| e(h) \right| \leq \int_0^h \frac{(h - t)^3}{3!} \left|e^{(4)} (t) \right| dt
であり,  M = max \left| f^{(4)} (t) \right|とおくと,
 \displaystyle
\begin{align*}
\left| e^{(4)} (h) \right| & \leq \frac{1}{3} \int_{m - h}^{m + h} \left|  f^{(4)} (t)  \right|dt -  \frac{h}{3} \left|    f^{(4)} (m-h) + f^{(4) } (m+h) \right|\\
&\leq \frac{1}{3} \int_{m-h}^{m+h} M dt + \frac{h}{3}2M\\
&= \frac{4Mh}{3} 
\end{align*}
となるので,
 \displaystyle
\quad | e(h) | = \frac{4M}{3! \times 3} \int_0^h (h - t)^3 t dt
となる. 最後に積分を計算すると,
\ \displaystyle
\begin{align*}
 \int_0^h (h - t)^3 t dt &=  \int_0^h \left\{ - \frac{(h - t)^4}{4} \right\}^{\prime} t dt \\
&= \left[  - \frac{(h - t)^4}{4}  t \right ]_0^h + \int_0^h \frac{(h - t)^4}{4} dt \\
&= \left[- \frac{(h - t)^5}{5\cdot 4} \right ]_0^h \\
&=\frac{h^5}{4}
\end{align*}
となるので, 求めたかった不等式
\displaystyle
\| e(h) \| \leq \frac{4M}{3!\cdot 3 \cdot 5\cdot 4} h^5 = \frac{M}{90} h^5
を得ることができた.□


さて,  3 次関数は  4微分 0 です. よって, シンプソンの公式を  3 次関数に適用すると, 誤差は  0 となり, 厳密に面積を求める公式となるのです.

まとめ

数値計算では, いろんな考え方で公式を導く方法があります. シンプソンの公式も他の見方をすることができます. どの考え方を採用するかで, 他の問題への一般化や新しい問題に対する適用範囲が変わってくるので, 実は公式だけでなくその背後の考え方=アルゴリズムの構造も大切だったりします. 今回の記事では, 数値計算という分野の面白さの一端を見せることができていれたなら, 幸いです.
今回の証明では,
吉田耕作『私の微積分法』
を参考にしました. 高校生でも大学の解析学を学べる良書だと思います. 気になった人はぜひ手にとってみてください.

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*1:高校生に教えるときには, 計算練習もかねて実際に計算してもらいます

逆像が像より自然な理由〜引き戻しと押し出し〜

今回は, 逆像の理解をモチベーションとして, 引き戻しと押し出しについて書きます.
細かいことを書くときりがないので, 曖昧な主張をしたり少し不具合の残る定義をしたりしますので, ご了承ください. (多様体などが例に出てきますが, 細かいところは関係ないので, うまく無視すれば, 写像さえ分かっていたら理解できる内容のはずです.)

逆像と像


U を集合,  A,\, B をその部分集合とします. このとき, 写像 f:A\to B が与えられたなら, その逆像と像が定義できます. 逆像とは
 
\quad f^{-1} (B) = \{ a \in A \, | \, f(a) \in B\}
で定まる  A の部分集合であり, 像は
 
\quad f(A) = \{ b \in B \, | \, ^{\exists} a \in A \text{ s.t. } f(a) = b\}
で定まる  B の部分集合でした.


不思議なことに, 像よりも逆像の方が自然な概念です. このことは, 例えば, 位相空間連続写像を, 像ではなくて逆像を使っていることから分かります. 他にも, 逆像では,

\begin{align*}
\quad f^{-1} (Q_1 \cup Q_2 ) &= f^{-1} (Q_1) \cup f^{-1} (Q_2) \\
f^{-1} (Q_1 \cap Q_2) &= f^{-1} (Q_1) \cap f^{-1} (Q_2)
\end{align*}
が成り立つ一方で, 像に関しては
 
\quad f(P_1 \cup P_2) = f(P_1) \cup f(P_2)
は成り立つものの

\quad f(P_1 \cap P_2) \subset f(P_1) \cap f(P_2)
では一般に等号が成り立ちません. これも, 逆像の方が像よりも自然であることの証拠です.


このことを説明するために, まずは, 「引き戻し(pull-back)」と「押し出し(push-forward)」という概念を説明します.
これが, 逆像が自然であることの一つの根拠を与えていると思っています.

引き戻しと押し出し


引き戻しと押し出しについて説明します. 写像 f:A \to B があった時に, これを用いて,  Bから定まる集合から  A から定まる集合への写像を定めるのが引き戻しです. 逆に,  Aから定まる集合から  B から定まる集合への写像を定めるのが押し出しです. これでは, ナンノコッチャ分からないので, 具体例を用いて説明します.

例1 双対ベクトル空間


 V ,\, W \mathbb{R} 上のベクトル空間とします.  V から \mathbb{R} への線形写像のなすベクトル空間を  V の双対ベクトル空間といい  V^* と書きます. 同様に  W の双対ベクトル空間  W^* も定義できます.


さて, 線形写像  f: V \to W があったとします. このとき, 双対ベクトル空間の元  w \in W^* は線形写像  w : W \to R ですので, fとの合成写像を考えると, 新たな線形写像  w \circ f: V \to R を得ることができます. つまり,  f を用いて  W^* から  V^* への写像  f^* (w) = w \circ f が定義できます.  f \circ w などの他の合成はうまくいかず,  V^* から  W^* への写像は得られないことに注意しましょう.

例2 接空間


 M ,\, N \mathbb{R}^n の部分多様体とします. 多様体の各点では, 接空間と呼ばれるベクトル空間がくっついています. これを簡単に説明します.  x \in M を通る曲線, すなわち
 
\quad c: \mathbb{R} \to M, \quad c(0) = x
となる  c の集合を  C_x M と書くことにします. この曲線の  x における方向のみを見たいので,  c_1 ,\, c_2 \in C_x M に対して
 
\quad c_1 \sim c_2\quad : \Leftrightarrow \quad c_1^{\prime} (0) = c_2^{\prime} (0)
によって同値を定めて, これによって  x における接空間  T_x M を定義します.  T_x M の元  [ c ]  x における接ベクトルといいます. 各点での接空間を合わせて,  Mの接空間を
 
\quad TM = \bigcup_{x \in M*} T_x M
と定義します. 同様に  N に対しても,  T_y N TN が定まります.


 f: M \to N多様体写像とします.  x での接ベクトルを  [ c ] \in T_x M は, 同値類うんぬんのくだりを忘れると, 単なる写像  c : \mathbb{R} \to M です. そこで, f との合成をとることで, 写像  f \circ c : \mathbb{R} \to N が定まります.  c(0) = x ,\, (f \circ c) (0) = f (x) に注意すると,  f \circ c f(x)における曲線なので,  f(x) \in N における接ベクトル  [ f \circ c ] \in T_{f(x)} N が定まります. そこで,  f_* (c) = f \circ c と書くと,  f で定まる写像  f_* :TM \to TN が得られたことになります. この  f^* を接空間の押し出しと言います.  c \circ f などの合成はうまくいかず,  TN から  TM への写像は得られないことに注意しましょう. 双対ベクトル空間のときと比べ, 合成をとる順番が逆になっていることに注意しましょう.


これらの例で分かったことをまとめておきましょう. 写像  f: A \to B があったとします. さらに,  A,\, B を始域か終域にもつ写像の集合(  S_A ,\, S_B と書くことにしましょう) があったとします. 双対ベクトル空間は, ベクトル空間を始域にもつ写像の集まりでした. 接空間は多様体を終域にもつ写像の集まりでした. すると,  f との合成を考えることで,  S_B \to S_A (引き戻し) あるいは  S_A \to S_B (押し出し) が得られます. ここで, どちらの写像が得られるかは, うまく f と合成できるかで決まる, つまり, 写像の集まり  S_A ,\, S_B の元が  A ,\, B を始域か終域のどちらにもつかで決まります. このように, 引き戻しか押し出しが定義できるのですが, どちらになるかは自然に決まっているのです.

部分集合の写像による解釈


元の問題に戻って, 写像の逆像について考えます. 像にしろ逆像にしろ, 部分集合から部分集合への写像になっています. 前節の結果を用いるためには, 部分集合を写像として定義する必要があります. (写像の合成をするわけですから.)  U の部分集合  A とは何だったのかというと,  U の各元が  A の中に入っているかどうかを決めるルールと考えることができます. つまり, 入っているを  1, 入っていないを  0 と表すことにし, 集合  \mathbb{2} = \{ 0 ,\, 1\} を用いると,  U の部分集合と,  U から  \mathbb{2} への写像が一対一に対応します.  X から  Y への写像の集合を  Y^X と書くので,  U から  \mathbb{2} への写像の集合を  \mathbb{2}^U と書きます. よって,  U の部分集合のなす集合は  \mathbb{2}^U と書けるわけです.


以上で準備はできました. 写像  f : A \to B があるとき,  A ,\, B の部分集合のなす集合  \mathbb{2}^A ,\, \mathbb{2}^B を考えます.  m \in \mathbb{2}^B写像  m: B \to \mathbb{2} なので,  f との合成を考えると, 新たな写像  m \circ f: A \to \mathbb{2} が得られます(これは引き戻し). つまり,  B の部分集合から  A の部分集合への写像が前節での方法で得られたわけです. 特に, ( B の部分集合としての)  B を表す \mathbb{2}^B の元を  m_B と書くと,  m_B \circ f: A \to \mathbb{2} こそが  A の部分集合である逆像  f^{-1} (B) に対応することが簡単に分かります. これだけは絶対に自分でチェックしてください.

まとめ

写像があるときに, それから引き戻しや押し出しが定義できます. これらは最も自然な写像の合成で定まります. 特に, 集合の逆像は部分集合の引き戻しであることを明らかにしました. 数学ではここで説明したもの以外にも, たくさんの引き戻しや押し出しがあります. しかし, 合成するだけなので, 今回の考えが理解できれば, それほど難しくないと思います.

言い忘れましたが,  f から定まる引き戻しは  f^* と書き, 押し出しは  f_* と書きます. 意外といろんなところで使われているので,  * を見つけた時は注意してみてください.

Liouvilleの定理の証明

今回はついにLiouvilleの定理の証明をします。以前の結果を使ったり、少し面倒な補題が必要になるので、証明のアイデアがわかることを重視して書こうと思います。
e^{x^2}の不定積分が書けないことの証明は、以下の記事を参考にしてください。
http://tetobourbaki.hatenablog.com/entry/2017/01/08/182822tetobourbaki.hatenablog.com
(以前書いていたLiouvilleの定理は意味のない主張になっていました。Liouvilleの定理は今回のものを参考にしてください。Liouville判定法は以前のもので正しいです。)

Liouvilleの定理の主張

Liouvilleの定理(素朴な主張)
 y_1 ,\, \dots ,\, y_n \displaystyle \frac{d y_1}{dx} ,\, \dots ,\, \frac{dy_n}{dx}x,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_mの有理関数になるようなxの関数とする。

 F(x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n) x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_nの有理関数とする。
このとき、 以下が同値である:
(i) F(x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n) の原始関数が初等関数で書ける
(ii) 複素定数 c_1 ,\, \dots ,\, c_m \in \mathbb{C}と有理関数
 G_1 (x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n) ,\, \dots ,\, G_m (x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n) ,\, H (x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n)が存在して、
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad F(x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n) = \sum_{j=1}^n c_j \frac{\frac{d}{dx} G_j (x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n) }{G_j (x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n)} + \frac{d}{dx} H(x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n) 
\end{equation}
}
と書ける。

少し分かりにくいですね。例えば、 \displaystyle \frac{e^x}{1 + \log x}の原始関数が初等関数で書けるかを調べたいなら、

\displaystyle
\qquad y_ 1 = e^x ,\, y_2 = \log x ,\, F(x ,\, y_1 ,\, y_2) = \frac{y_1}{1 + y_2}
とおけば、

\displaystyle
\qquad \frac{d y_1}{dx} = e^x = y_2 \in \mathbb{C} (x ,\, y_1 ,\, y_2)  ,\quad \frac{d y_2}{dx} = \frac{1}{x} \in \mathbb{C} (x ,\, y_1 ,\, y_2)
より、Liouville判定法を使うことができます。
 y_1微分 \mathbb{C} (x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n )に含まれない場合があります。その場合は変数 y_{m+1}を増やさなければ、Liouville判定法が使えません。 しかし、変数を増やすと、判定で現れる G_1 ,\, \dots ,\, G_m ,\, Hのクラスが大きくなるので、判定が難しくなることにも注意してください。


さて、ここで問題になるのは「初等関数とは何か」です。まず、微分体の定義を復習しましょう。体 K微分体であるとは、写像  \partial : K \to Kが存在し、
(1) 線型性、つまり、  \partial (a + b) = \partial (a) + \partial (b)
(2) ライプニッツ則、つまり、 \partial(ab) = \partial (a) b + a \partial (b)
を満たすことを言うのでした。単に、\partial (a) a^{\prime}とも書くことがあります。また、 \partial (c) = 0となるものの集まりを定数体と言います。今回の話では、有理関数体  \mathbb{C} (X)に対して普通の意味での微分を考えたものを Kとして、微分体の結果を適用します。


次に、「初等関数」を以下のように定義します。

定義(初等拡大)
微分体の拡大K \subset Lが初等拡大であるとは、拡大の列
\displaystyle
\qquad K = K_0 \subset K_1 \subset \dots \subset K_N = L
が存在し、 各拡大が単拡大 K_{i+1} = K_i (a_i) ,\, a_i \in K_iでそれぞれ以下のいずれかの場合になっていることをいう:

 (a)  a_iK_i上代数的、つまり、 a_iK_i係数の多項式の根である;
 (b)  a_iK_iの元の対数、つまり、ある元  b_i \in K_iが存在し   \displaystyle (a_i)^{\prime} = \frac{(b_i)^{\prime}}{b_i}となる。
 (c)  a_iK_iの元の指数、つまり、ある元  b_i \in K_iが存在し  \displaystyle \frac{(a_i)^{\prime}}{a_i} = (b_i)^{\prime}となる;
特に、K = \mathbb{C} (X)のとき、ある初等拡大K \subset LLの元を初等関数という。
(b)の場合の拡大を対数拡大、(c)の場合を指数拡大と呼ぶことにします。

この定義については以下の記事で詳しく書きました。僕は、この定義を納得することが、一番難しいと思います。
tetobourbaki.hatenablog.com
また、微分体の拡大については、定数を増やさないもの考えることが一般的です。これについては以下の記事に書いています。定理の証明では、この記事に書いた結果も使います。
http://tetobourbaki.hatenablog.com/entry/2017/01/15/121054tetobourbaki.hatenablog.com


以上より、Liouvilleの定理は微分体の言葉で以下のように書きなおすことができます。

Liouvilleの定理(微分体による定式化)
 K標数0の微分体で、 C Kの定数体とする。また、 a \in Kとする。
このとき、以下が同値である。

(i) 定数体が Kの定数体  Cと等しい微分体による初等拡大
 
\qquad K = K_0 \subset K_1 \subset \dots \subset K_{N-1} \subset K_N
が存在し、 b^{\prime} = aとなる  b \in K_Nが存在する。

(ii) 定数 c_1 ,\, \dots ,\, c_n \in Cg_1  ,\, \dots ,\, g_m ,\, h \in Kが存在して、
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad a = \sum_{j=1}^m c_j \frac{g_j^{\prime} }{g_j } + h^{\prime}
\end{equation}
}
と書ける。

この定理のすごいところは、拡大した後の性質が、拡大する前の Kの元同士の関係で書けているところです。
次にLiouvilleの定理の証明に用いる補題を紹介します。

補題
微分体の拡大 L = K(l)において、 l K上で超越的であるとする。 a[ l ] \in K[ l ]  q_1 (l) ,\, \dots ,\, q_m (l) ,\, r(l) \in K(l)を用いて、
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad a(l) = \sum_{j=1}^m c_j \frac{q_j^{\prime} (l) }{q_j (l)} + (r(l))^{\prime} \quad (1)
\end{equation}
}
と書けるとする。 q_i (l) \neq q_j (l) ,\, i \neq jとしておく。(一般性を失わない。)このとき、 q_i (l)がモニックな既約多項式 (q_i (l) )^{\prime} \in K [l]なら、 (q_i (l) )^{\prime}  q_i (l)で割り切れる。
(証明)
 (q_i (l) )^{\prime}  q_i (l)で割り切れないと仮定する。式(1)の部分分数分解を考え、その一意性を用いる。\sum_{j=1}^m c_j \frac{q_j^{\prime} (l) }{q_j (l)}に現れる \frac{q_i^{\prime} (l) }{q_i (l)}は分母が既約多項式 1乗である。一方、 r(l)の規約分解に \frac{p(l)}{(q_i (l))^d}という項がある場合、 (r(l))^{\prime}には

\displaystyle
\qquad \frac{-d p(l)(q_i (l) )^{\prime} }{(q_i (l))^{d+1}} + \frac{(p(l))^{\prime} }{q_i (l)}
という項が現れる。つまり、既約多項式 (q_i (l))  d+1 (\geq 2 )乗の項が現れる。よって、式(1)の右辺には分数が必ず現れるが、左辺は分数がないので、一意性から矛盾。よって、 (q_i (l) )^{\prime}  q_i (l)で割り切れる。

Liouvilleの定理の証明

( (ii)  \Rightarrow (i) ) は
 
\qquad (\sum_{j=1}^m c_j \log g_j + h )^{\prime} = \sum_{j=1}^m c_j \frac{g_j^{\prime} }{g_j } + h^{\prime} = a
より分かる。
( (i)  \Rightarrow (ii) ) は初等拡大の列の長さに関する数学的帰納法により示す。
 N = 0のとき、 b \in K_0 = K a = b^{\prime}と書けるので(a)が成り立つ。次に、初等拡大の列、
 
\qquad K = K_0 \subset K_1 \subset \dots \subset K_{N-1} \subset K_N
を考えたとき、 a \in K \subset K_1に注意すると、帰納法の仮定より、
 
\qquad K_1 \subset \dots \subset K_{N-1} \subset K_N
に対して(ii)が成り立つので、定数 c_1 ,\, \dots ,\, c_n \in Cg_1  ,\, \dots ,\, g_m ,\, h \in K_1が存在して、
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad a = \sum_{j=1}^m c_j \frac{g_j^{\prime} }{g_j } + h^{\prime}\qquad (2)
\end{equation}
}
と書ける。この式を用いて、初等拡大  K_1 = K (l)のそれぞれの場合で(ii)を示せばよい。


(a)  l K上で代数的となるとき。
この場合は体の理論を用いる。
 K代数閉体 Lとする。 l n次の代数的な元とすると、ちょうど n個のK上の埋め込み \sigma_i : K(l) \to Lが存在する。これは  K上の自己同型  L \to Lに延長できる。
ここで、微分代数に関する以下の基本的な定理を用いる。つまり、 K微分体で L \supset Kが代数拡大なら、 Kへの制限が K微分と一致する L微分が唯一に決まる。(つまり、 L \supset K微分が一意に定まる。)そこで、 L上の微分 \partialとする。さらに、写像  \sigma_i \circ \partial \circ \sigma_i^{-1} : L \to L L上の微分であることが計算で分かるので、微分が一意であることから、

\qquad  \sigma \circ \partial \circ \sigma^{-1} = \partial
つまり、

\qquad  \sigma \circ \partial  = \partial \circ \sigma_i
となり、すべての \sigma_i微分 \partialと可換である。式(2)に \sigma_jを作用させると、 \sigma_iが準同型かつ微分と可換だから
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad a = \sum_{j=1}^m c_j \frac{(\sigma_i (g_i) ) ^{\prime} }{\sigma_i (g_j) } + ( \sigma_i (h)  ) ^{\prime}
\end{equation}
}
となる。すべての iに関して得られるこの式で両辺の和をとると、
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad n a = \sum_{j=1}^m c_j \sum_{i=1}^n \frac{ (\sigma_i (g_j)) ^{\prime} }{\sigma_i (g_j) } + \sum_{i=1}^n (\sigma_i (h) ) ^{\prime}
\end{equation}
}
であり、対数微分の公式(この公式自体は対数を使わずとも示せる)
 
\displaystyle
\qquad \sum_{i=1} \frac{(t_i)^{\prime}}{t_i} = \frac{(\prod_{i=1}^n t_i)^{\prime}}{\prod_{i=1}^n t_i}
に注意すると、
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad n a = \sum_{j=1}^m c_j \frac{(\prod_{i=1}^n \sigma_i (g_j ) )^{\prime} }{\prod_{i=1}^n \sigma_i (g_j) }+( \sum_{i=1}^n \sigma_i (h )) ^{\prime}
\end{equation}
}
となる。 \prod_{i=1}^n \sigma_i (g_j ) ,\, \sum_{i=1}^n \sigma_i (h )はすべての  \sigma_k で不変であることから、 Kの元となります。(ガロア理論でいうとノルムとトレースになっている。)よって、
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad  a = \sum_{j=1}^m \frac{c_j}{n} \frac{(\prod_{i=1}^n \sigma_i (g_j ) )^{\prime} }{\prod_{i=1}^n \sigma_i (g_j) }+\left( \frac{1}{n} \sum_{i=1}^n \sigma_i (h ) \right) ^{\prime}
\end{equation}
}
と書けるので、(ii)が成り立つ。


次に、 l Kの指数または対数の場合を考える必要があります。 lが代数的な場合は示せているので、 lは超越的と仮定します。よって、 lの有理関数で書けるので、 g_j = q_j (l) ,\, h = r(l) \in K(l)とします。特に、有理関数 q_j (l)の分母と分子を既約分解し式(2)に代入すると、 q_jmは変化しますが、再び式(2)の形の式になります。そこで始めからq_j (l)はモニックで既約な多項式と仮定します。その上で、 lが指数の場合と対数の場合で場合分けします。
ここで以下の記事の命題を用いるので、そのときは「前記事の命題より」と述べます。
http://tetobourbaki.hatenablog.com/entry/2017/01/15/121054tetobourbaki.hatenablog.com


(b)  lKの対数的な元、つまり、 l^{\prime} = k^{\prime}/k ,\, k \in Kのとき。
 q_j(l) \notin Kと仮定し次数を n > 0とおくと、 l^{\prime} \in Kかつ p(l)がモニックだから、前記事の命題より (p_j (l))^{\prime} \in K[l ]  n - 1次の多項式になります。しかし、補題より  (p_j (l) )^{\prime}  p_j (l)で割り切れるはずなので、矛盾します。よって、すべての q_j Kの元です。
一方、式(2)から (r(l))^{\prime} \in Kとなります。再び前記事の命題を使うと、 r(l) \in K[ l] であること、さらに、 r (l) = c_0 l + k_0 ,\, c_0 \in C ,\, k_0 \in Kと書けることがわかります。
よって、式(*)は
 { 
\displaystyle
\begin{equation}
\qquad a = \sum_{j=1}^m c_j \frac{g_j^{\prime} }{g_j } + c_0 \frac{k^{\prime}}{k} +k_0^{\prime}
\end{equation}
}
と書けるので、示すべき式が得られた。


(c)  lKの指数的な元、つまり、 l^{\prime}/ l = k^{\prime} ,\, k \in Kのとき。
 q_j (l) \notin Kと仮定すると、補題より (q_j (l))^{\prime}  q(j)で割り切れる。よって、前記事の命題より、 q_j(l)は単項式となる。さらに、これが既約なので、 q_j(l) = lである。以上より、すべての q_j (l) Kの元か lである。
いずれにせよ、  (q_j (l))^{\prime}/ q_j (l) Kの元なので、式(*)から (r(l))^{\prime} \in Kとなる。再び前記事の命題より、 r (l) \in Kでなければならないことが分かる。
以上より、 q_j (l) = lとなるものだけ Kの元ではないが、その場合は c_j (q_j (l))^{\prime}/ q_j (l) = (c_j k)^{\prime}となるので、示すべき式で書けることが分かる。

以上でLiouvilleの定理の証明が終わりました。


さて、Liouvilleの定理(素朴な主張)は、 K = \mathbb{C} (x ,\, y_1 ,\, \dots ,\, y_n)とおき、Liouvilleの定理(微分体による定式化)を適用することで示されます。 y_1 ,\, \dots ,\, y_n微分に関する仮定は、 K微分で閉じるために必要な仮定です。

Liouville判定法とその証明


まず、微分代数によるLiouville判定法を述べます。いくつか仮定があるが、微分代数で定式化したために出てくる仮定であり、あまり気にしなくても大丈夫。

Liouville判定法
微分体の指数的拡大 E \subset K = K (e^g)を考える。 a E上超越的とする。 E ,\, Kの定数体は一致するとしCとかく。
このとき、 f \in Eに対して、以下が同値である。
(i) 定数体が Kの定数体  Cと等しい微分体による初等拡大
 
\qquad K = K_0 \subset K_1 \subset \dots \subset K_{N-1} \subset K_N
が存在し、 h^{\prime} = f e^g となる、 h \in K_Nが存在する。
(ii) ある元 a \in Eが存在して、

\qquad f = a^{\prime} + a g^{\prime}
と書ける。

少し、コメントしておきます。Liouvilleの定理より、原始関数があるかどうかは、条件を満たす Kの元があるかどうかで分かるのですが、Liouville判定法の主張の良さは、 Kそれより小さい体  Eの元の条件に簡単化している部分にあります。


(証明) (ii)  \Rightarrow (i) は (ae^g)^{\prime} = a^{\prime} e^g + a g^{\prime} e^g = (a^{\prime} +ag^{\prime} ) e^g = fe^gより分かる。

(i)  \Rightarrow (ii)を示す。Liouvilleの定理より、
 
\displaystyle 
\qquad fe^g = \sum_{j=1}^m c_j \frac{q_j^{\prime} }{q_j} + r^{\prime} \quad  (3)
となる  c_j \in C ,\, q_j ,\, r \in Kが存在する。 E \subset K = E (e^g)が指数的拡大であり、e^g E上で超越的なので、Liouvilleの定理の証明の(c)と同様の手順により、すべての q_j^{\prime} /q_j Eの元である。また、補題の証明のように、 rの既約分解を考え \frac{p(e^g)}{(q(e^g))^d}という項がある場合、 r^{\prime}には

\displaystyle
\qquad \frac{-d p(e^g)(q (e^g) )^{\prime} }{(q (e^g))^{d+1}} + \frac{(p(e^g))^{\prime} }{q (e^g)}
であるが、

\displaystyle
\qquad \frac{-d p(e^g) (q (e^g) )^{\prime} }{(q (e^g))^{d+1}} = \frac{-d p(e^g )q^{\prime} (e^g) g^{\prime} e^g }{(q (e^g ))^{d+1}}
となる。 q^{\prime} (e^g) q (e^g )より次数が1低いe^gに関する多項式であることと、 q (e^g )が既約であることから、右辺に分数が現れないためには q (e^g) = e^gでなければならないことが分かる。よって、 r = \sum_{i=-s}^t a_i (e^g)^i ,\, a_i \in Eと書ける。式(2)の e^gの係数を比較すれば、

\qquad f = a_1^{\prime} + a_1 g^{\prime}
が得られる。

さて、このLiouville判定法を有理関数体に適用すると、普段の積分で使える定理が得られます。
Liouville判定法(実用バージョン)
 C = \mathbb{C} または  \mathbb{R}とする。有理関数 f(X) ,\, g(X) \in C(X)に対して、以下が同値:
(i) 初等拡大
 
\qquad E = K_0 \subset K_1 \subset \dots \subset K_{N-1} \subset K_N
が存在し、 h^{\prime} (X) = f(X) e^{g (X)}となる、 h(X) \in K_Nが存在する。
(ii) ある元 a (X) \in C(X)が存在して、

\qquad f(X) = a^{\prime} (X) + a (X) g^{\prime} (X)
と書ける。


この定理の使い方は過去記事で書いています。Liouvilleの定理やLiouville判定法の証明からは、もっと多くのことが分かります。これを掘り下げると数式処理で積分を計算するRischのアルゴリズムを得ることができます。

感想と参考文献

ほえー。記事自体は思ったよりすぐに書けたのですが、証明を調べたりするのがなかなか大変でした。ただ、調べる過程でさらにいろんなことが分かってきました。Liouville判定法は f(x) e^{g(x)}の原始関数の存在を判定しますが、 f(x) \log xの原始関数を調べるLiouville-Hardyの判定法というものもあります。これにより a \neq 0のときに \displaystyle \frac{\log (x)}{x - a}の原始関数が初等関数で書けないことが示せます。この積分にはポリログ関数が関係しており、それ自体も面白そうです。Liouville-Hardyの判定法はLiouvilleの定理の特別な場合をHardyが考えただけですが、Hardyはかなり計算を省略しているので、証明がまだ分かりません。(これを解説した数少ない論文もあったのですが、明らかなミスがあり全然役に立ちませんでした。)今回の記事で興味を持たれた方は、ぜひ参考文献にあたって調べてみてください。

積分が初等関数で書けるというのは、微分ガロア理論を使わずとも微分代数だけで示すことができます。このことを確認するのが一連の記事の目的でした。でも、やはりガロア群が僕の興味の対象なので、しばらくは初等関数の話から離れます。微分ガロア群の記事や、もっと広く(高校〜大学程度のレベルで)興味を持ってもらえる記事を書きたいなと思います。

参考文献
R. C. Churchill, "Liouville's Theorem on Integration in Terms of Elementary Functions"
G. H. Hardy, "The Integration of Functions of A Single Elementary Variables"
E. A. Marchisotto, G. Zakeri, An Invitation to Integration in Finite Terms"
M. Rosenlicht, M. Singer, "On elementary, generalized elementary, and Liouvillian extension fields"

ライプニッツ則と合成関数の微分

ライプニッツ則と合成関数の微分の関係について、少し書いておきます。


一般の体  Kを考えます。この体が微分体であるとは、関数  \partial: K \to Kがあり、以下の2つの条件を満たすことを言います:
(i) (加法的) すべての a ,\, b \in K に対して  \partial (a + b) = \partial (a) + \partial (b)が成り立つ。
(ii) (ライプニッツ則) すべての a ,\, b \in K に対して  \partial (ab) = \partial (a) b  + a\partial (b)が成り立つ。


さて、ライプニッツ則から商の微分などの公式を導くことができます。一方、微分体には「合成関数」の概念がないので、合成関数の微分は定義できません。しかし、多項式は定義できるので、多項式に代入するという見方をすることはできます。例えば、 a^2 + a + 1多項式  x^2 + x + 1aを代入したものとみなすことができます。そうすると、多項式の合成関数の微分公式は証明することができます。つまり、微分体に対して、
(iii) すべての  a \in K自然数  nに対して、 \partial (a^n) = n a^{n-1} \partial (a)
が成り立ちます。一般の多項式微分は(i)と(iii)で計算ができます。
逆に多項式の合成関数の微分公式からライプニッツ則を導くことができます。

命題
K標数0の体とする。また、関数  \partial: K \to Kがあり、(i) を満たすとする。このとき、以下の3条件は同値:
(ii) (ライプニッツ則) すべての a ,\, b \in K に対して \partial (ab) = \partial (a) b  + a\partial (b)が成り立つ。
(iii) すべての  a \in K自然数  nに対して、 \partial (a^n) = n a^{n-1} \partial (a)
(iv) すべての  a \in Kに対して、 \partial ( a^2 ) = 2 a \partial (a)

証明. (ii)から(iii)が成り立つことは上で述べたが、簡単な計算でわかる。(iv)は(iii)で n = 2としたときである。
よって、(iv)から(ii)が導けることを示す。 (a + b)^2微分を考えると、
 \partial ( (a+b)^2) = \partial (a^2 + 2ab + b^2) = \partial (a^2) + 2\partial (ab) + \partial (b^2) = 2a\partial(a) + 2 \partial (ab) + 2b\partial (b)
最後の等式で(iv)を用いた。一方、最初に(iv)を使うと、
 \partial ( (a+b)^2) = 2(a+b) \partial(a+b) = 2(a+b)(\partial (a) + \partial (b)) = 2a\partial(a) + 2a\partial (b) + 2b\partial(a) + 2b\partial (b)
となる。よって、(ii)が成り立つことがわかる。


例えば、標数が2だと、 2\partial (ab) = 0となるので(ii)を導くことができません。細かい注意です。
(iv)からライプニッツ則(ii)が出てくるというのも面白いですが、合成関数の微分から出てくるという見方をするともっと面白いかなと思い、書いてみました。