今回はついにLiouvilleの定理の証明をします。以前の結果を使ったり、少し面倒な補題が必要になるので、証明のアイデアがわかることを重視して書こうと思います。
の不定積分が書けないことの証明は、以下の記事を参考にしてください。
http://tetobourbaki.hatenablog.com/entry/2017/01/08/182822tetobourbaki.hatenablog.com
(以前書いていたLiouvilleの定理は意味のない主張になっていました。Liouvilleの定理は今回のものを参考にしてください。Liouville判定法は以前のもので正しいです。)
Liouvilleの定理の主張
は が の有理関数になるようなの関数とする。
を の有理関数とする。
このとき、 以下が同値である:
(i) の原始関数が初等関数で書ける
(ii) 複素定数 と有理関数
が存在して、
と書ける。
少し分かりにくいですね。例えば、の原始関数が初等関数で書けるかを調べたいなら、
とおけば、
より、Liouville判定法を使うことができます。
の微分がに含まれない場合があります。その場合は変数を増やさなければ、Liouville判定法が使えません。 しかし、変数を増やすと、判定で現れるのクラスが大きくなるので、判定が難しくなることにも注意してください。
さて、ここで問題になるのは「初等関数とは何か」です。まず、微分体の定義を復習しましょう。体 が微分体であるとは、写像 が存在し、
(1) 線型性、つまり、
(2) ライプニッツ則、つまり、
を満たすことを言うのでした。単に、をとも書くことがあります。また、となるものの集まりを定数体と言います。今回の話では、有理関数体 に対して普通の意味での微分を考えたものを として、微分体の結果を適用します。
次に、「初等関数」を以下のように定義します。
微分体の拡大が初等拡大であるとは、拡大の列
が存在し、 各拡大が単拡大でそれぞれ以下のいずれかの場合になっていることをいう:
(a) が上代数的、つまり、は 係数の多項式の根である;
(b) がの元の対数、つまり、ある元 が存在し となる。
(c) がの元の指数、つまり、ある元 が存在し となる;
特に、のとき、ある初等拡大のの元を初等関数という。
(b)の場合の拡大を対数拡大、(c)の場合を指数拡大と呼ぶことにします。
この定義については以下の記事で詳しく書きました。僕は、この定義を納得することが、一番難しいと思います。
tetobourbaki.hatenablog.com
また、微分体の拡大については、定数を増やさないもの考えることが一般的です。これについては以下の記事に書いています。定理の証明では、この記事に書いた結果も使います。
http://tetobourbaki.hatenablog.com/entry/2017/01/15/121054tetobourbaki.hatenablog.com
以上より、Liouvilleの定理は微分体の言葉で以下のように書きなおすことができます。
を標数0の微分体で、をの定数体とする。また、とする。
このとき、以下が同値である。
(i) 定数体が の定数体 と等しい微分体による初等拡大
が存在し、となる が存在する。
(ii) 定数 と が存在して、
と書ける。
この定理のすごいところは、拡大した後の性質が、拡大する前のの元同士の関係で書けているところです。
次にLiouvilleの定理の証明に用いる補題を紹介します。
は で割り切れないと仮定する。式(1)の部分分数分解を考え、その一意性を用いる。に現れるは分母が既約多項式の乗である。一方、の規約分解にという項がある場合、には
という項が現れる。つまり、既約多項式の乗の項が現れる。よって、式(1)の右辺には分数が必ず現れるが、左辺は分数がないので、一意性から矛盾。よって、は で割り切れる。
Liouvilleの定理の証明
( (ii) (i) ) は
より分かる。
( (i) (ii) ) は初等拡大の列の長さに関する数学的帰納法により示す。
のとき、でと書けるので(a)が成り立つ。次に、初等拡大の列、
を考えたとき、に注意すると、帰納法の仮定より、
に対して(ii)が成り立つので、定数 と が存在して、
と書ける。この式を用いて、初等拡大 のそれぞれの場合で(ii)を示せばよい。
(a) が上で代数的となるとき。
この場合は体の理論を用いる。
の代数閉体をとする。を次の代数的な元とすると、ちょうど個の上の埋め込みが存在する。これは 上の自己同型 に延長できる。
ここで、微分代数に関する以下の基本的な定理を用いる。つまり、が微分体でが代数拡大なら、への制限がの微分と一致するの微分が唯一に決まる。(つまり、の微分が一意に定まる。)そこで、上の微分をとする。さらに、写像 も 上の微分であることが計算で分かるので、微分が一意であることから、
つまり、
となり、すべての は微分と可換である。式(2)に を作用させると、が準同型かつ微分と可換だから
となる。すべてのに関して得られるこの式で両辺の和をとると、
であり、対数微分の公式(この公式自体は対数を使わずとも示せる)
に注意すると、
となる。はすべての で不変であることから、の元となります。(ガロア理論でいうとノルムとトレースになっている。)よって、
と書けるので、(ii)が成り立つ。
次に、がの指数または対数の場合を考える必要があります。が代数的な場合は示せているので、は超越的と仮定します。よって、の有理関数で書けるので、とします。特に、有理関数の分母と分子を既約分解し式(2)に代入すると、やは変化しますが、再び式(2)の形の式になります。そこで始めからはモニックで既約な多項式と仮定します。その上で、が指数の場合と対数の場合で場合分けします。
ここで以下の記事の命題を用いるので、そのときは「前記事の命題より」と述べます。
http://tetobourbaki.hatenablog.com/entry/2017/01/15/121054tetobourbaki.hatenablog.com
(b) がの対数的な元、つまり、のとき。
と仮定し次数をとおくと、かつがモニックだから、前記事の命題よりは次の多項式になります。しかし、補題より は で割り切れるはずなので、矛盾します。よって、すべてのはの元です。
一方、式(2)からとなります。再び前記事の命題を使うと、であること、さらに、と書けることがわかります。
よって、式(*)は
と書けるので、示すべき式が得られた。
(c) がの指数的な元、つまり、のとき。
と仮定すると、補題よりはで割り切れる。よって、前記事の命題より、は単項式となる。さらに、これが既約なので、である。以上より、すべてのはの元かである。
いずれにせよ、はの元なので、式(*)からとなる。再び前記事の命題より、でなければならないことが分かる。
以上より、となるものだけの元ではないが、その場合はとなるので、示すべき式で書けることが分かる。
以上でLiouvilleの定理の証明が終わりました。
さて、Liouvilleの定理(素朴な主張)は、とおき、Liouvilleの定理(微分体による定式化)を適用することで示されます。の微分に関する仮定は、が微分で閉じるために必要な仮定です。
Liouville判定法とその証明
まず、微分代数によるLiouville判定法を述べます。いくつか仮定があるが、微分代数で定式化したために出てくる仮定であり、あまり気にしなくても大丈夫。
微分体の指数的拡大を考える。は上超越的とする。の定数体は一致するとしとかく。
このとき、に対して、以下が同値である。
(i) 定数体が の定数体 と等しい微分体による初等拡大
が存在し、となる、が存在する。
(ii) ある元が存在して、
と書ける。
少し、コメントしておきます。Liouvilleの定理より、原始関数があるかどうかは、条件を満たすの元があるかどうかで分かるのですが、Liouville判定法の主張の良さは、それより小さい体 の元の条件に簡単化している部分にあります。
(証明) (ii) (i) はより分かる。
(i) (ii)を示す。Liouvilleの定理より、
となる が存在する。が指数的拡大であり、が 上で超越的なので、Liouvilleの定理の証明の(c)と同様の手順により、すべてのはの元である。また、補題の証明のように、の既約分解を考えという項がある場合、には
であるが、
となる。はより次数が低いに関する多項式であることと、が既約であることから、右辺に分数が現れないためにはでなければならないことが分かる。よって、と書ける。式(2)のの係数を比較すれば、
が得られる。
または とする。有理関数に対して、以下が同値:
(i) 初等拡大
が存在し、となる、が存在する。
(ii) ある元が存在して、
と書ける。
この定理の使い方は過去記事で書いています。Liouvilleの定理やLiouville判定法の証明からは、もっと多くのことが分かります。これを掘り下げると数式処理で積分を計算するRischのアルゴリズムを得ることができます。
感想と参考文献
ほえー。記事自体は思ったよりすぐに書けたのですが、証明を調べたりするのがなかなか大変でした。ただ、調べる過程でさらにいろんなことが分かってきました。Liouville判定法はの原始関数の存在を判定しますが、の原始関数を調べるLiouville-Hardyの判定法というものもあります。これによりのときにの原始関数が初等関数で書けないことが示せます。この積分にはポリログ関数が関係しており、それ自体も面白そうです。Liouville-Hardyの判定法はLiouvilleの定理の特別な場合をHardyが考えただけですが、Hardyはかなり計算を省略しているので、証明がまだ分かりません。(これを解説した数少ない論文もあったのですが、明らかなミスがあり全然役に立ちませんでした。)今回の記事で興味を持たれた方は、ぜひ参考文献にあたって調べてみてください。
積分が初等関数で書けるというのは、微分ガロア理論を使わずとも微分代数だけで示すことができます。このことを確認するのが一連の記事の目的でした。でも、やはりガロア群が僕の興味の対象なので、しばらくは初等関数の話から離れます。微分ガロア群の記事や、もっと広く(高校〜大学程度のレベルで)興味を持ってもらえる記事を書きたいなと思います。
参考文献
R. C. Churchill, "Liouville's Theorem on Integration in Terms of Elementary Functions"
G. H. Hardy, "The Integration of Functions of A Single Elementary Variables"
E. A. Marchisotto, G. Zakeri, An Invitation to Integration in Finite Terms"
M. Rosenlicht, M. Singer, "On elementary, generalized elementary, and Liouvillian extension fields"