記号の世界ゟ

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発散級数とBorel-Laplace総和

この記事では,収束するとは限らない級数に関数を対応させる方法である,ボレル変換とラプラス変換を説明します.例として,ときどき紹介される謎の式
 \displaystyle
\qquad 1 - 1 + 2 - 6 + 24 - 120 + \dots  = 0.59634732...
についても説明します.

前提知識がある人のために注意しておくと,本記事では原点が特異点の場合を考えている.よって,ラプラス変換の定義や形式ボレル変換は,無限遠点を特異点と考えるときと違う.また,ジュブレー位数が  1 の場合だけを考えていく.さらに,基本的に角領域が  \arg s = 0 で二等分されている状況を考える.

収束級数と形式的ベキ級数

収束ベキ級数があったとき,それを関数と同一視してしまいがちであるが,厳密には区別すべきである.収束するとは限らないベキ級数はハットの記号を使って  \hat{f} (z) = \sum_{n=0}^{\infty} a_n z^n のように表す.形式ベキ級数の集まりを  \mathbb{C} [ [ z ] ] と表す.

形式ボレル変換

さて,収束しないベキ級数があったとき,無理やり係数を小さくして収束級数に変換するのはそれほど不自然ではないだろう.そこで以下の変換を考える.

定義(形式ボレル変換)
形式ベキ級数  \hat{f} (z) = \sum_{n = 0}^{\infty} a_n z^nボレル変換
 \displaystyle
\qquad \hat{\mathcal{B}} (f) (s) = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{a_n}{n!} s^n
と定義する.

ここで,変換前と変換後が分かりやすいように変数も  z から  s に変えている.
ボレル変換の逆写像
 \displaystyle
\qquad \sum_{n=0}^{\infty} a_n s^n \mapsto \sum_{n=0}^{\infty} n! a_n z^n
を考えたいが、単に、ボレル変換にこれを作用しても元に戻るだけである。なので、この変換を意味のある別の形にしなければいけない。実はこの変換はラプラス変換である。

定義 (ラプラス変換と逆ラプラス変換
 g(s)ラプラス変換
\displaystyle
\qquad L(g) (z) := \int_0^{\infty} e^{-sz} g(s) ds

 f(z) の逆ラプラス変換
\displaystyle
L^{-1} (f) (s) := \int_{C} e^{zs} f(z) d z
積分路の詳細は省略)

ベキ関数のラプラス変換を考えよう.

命題
 \displaystyle
\qquad L(s^n) (z) = \int_0^{\infty} e^{-sz} s^n ds = \frac{n!}{z^{n+1}}
特に,適当な仮定の下
 \displaystyle
\qquad L \left( \sum_{n=0}^{\infty} a_n s^n \right) (s) = \sum_{n=0}^{\infty} n! a_n \frac{1}{z^{n+1}}

(証明)数学的帰納法で示す. n = 0 のとき、
 \displaystyle
\qquad \int_0^{\infty} e^{-sz} ds = \left[ - \frac{e^{-sz}}{z} \right]_0^{\infty} = \frac{1}{z}
であり, n=k-1 で成り立つとすれば,
 \displaystyle
\qquad \int_0^{\infty} e^{-sz} s^k ds = \left[ - \frac{e^{-sz}}{z} s^k \right]_0^{\infty} +  \frac{k}{z} \int_0^{\infty}  e^{-sz} s^{k-1} ds\\
\displaystyle \qquad \qquad \qquad \quad = \frac{k}{z} \frac{(k-1)!}{z^{k}}\\
\displaystyle \qquad \qquad \qquad \quad = \frac{k!}{z^{k+1}}
となるので,数学的帰納法により成立. \square

この命題で残念なところが二つあります.まず,ラプラス変換後は  z多項式ではなく, 1/z多項式になっている.また,n! がかかる項が  1/z^{n+1} の係数なので、一つ期待とはずれています.そこでうまくいくようにラプラス変換を少し変えましょう.

定義
 g(s) に対して
 \displaystyle
\qquad \mathcal{L} (g) (z) = z^{-1} \int_0^{\infty} \exp \left(-\frac{s}{z} \right) g(s) ds
と定める.以下では  \mathcal{L} (g) gラプラス変換という*1

命題
 \displaystyle
\qquad \mathcal{L} (s^n) (z) = z^{-1} \int_0^{\infty} \exp \left(-\frac{s}{z} \right) s^n ds = n! z^n
特に,適当な仮定の下,
 \displaystyle
\qquad L \left( \sum_{n=0}^{\infty} a_n s^n \right) (s) = \sum_{n=0}^{\infty} n! a_n z^n

証明は普通のラプラス変換と同じである.

さて,積分
 \displaystyle
\qquad  \int_0^{\infty} \exp \left( -\frac{s}{z} \right) g(s) ds
 |g(s)| \leq e^{c |s|} と指数的に抑えられるとすると,
 \displaystyle
 \qquad  \left| \int_0^{\infty} \exp \left(-\frac{s}{z} \right) g(s) ds \right| \leq \int_0^{\infty} \exp \left(-\mathrm{Re} \left( \frac{s}{z} \right) \right) |g(s)| ds \leq \int_0^{\infty} \exp \left( - \frac{s}{|z|} \cos ( \arg z ) + c s \right) ds
より,
 \displaystyle
\qquad \cos (\arg z) > c |z|
となる  z では積分が収束する.よって,特に, - \frac{\pi}{2} < \arg z < \frac{\pi}{2} かつ十分絶対値が小さい  z f(z) = \mathcal{L} (f) (z) はちゃんと定義される.

これが非常に面白いことになっていることに気づいてください.形式ボレル変換にその逆変換を行ったら元に戻って何も変わらないはずです.しかし,ラプラス変換は関数から(定義域が全体とは限らない)関数への写像となっています.特に,もともと形式ベキ級数で関数が定まらないものであっても,ラプラス変換で戻した時はあくまで  - \frac{\pi}{2} < \arg z < \frac{\pi}{2} と定義域を制限しているため矛盾は起こっていないのです.

さて,本当にもとの関数に戻るのでしょうか?厳密にいうともとは形式ベキ級数  \hat{f} であり,ボレル変換とラプラス変換後の  f は関数なので比較しようがありません.そこで,べき級数と関数を比較する方法を考えましょう.

漸近展開

まず角領域を定義する.

(定義)
実数  \theta_1 < \theta_2 に対して,
 \displaystyle
\qquad S(\theta_1, \theta_2) := \{z \mid \theta_1 < \arg z < \theta_2 \}
とする.

複素平面では  \arg z = \arg (z + 2\pi) なので, \theta_2 - \theta_1 > 2\pi のときに  S(\theta_1, \theta_2) が意味がないように思うかもしれないがそうではない.曖昧に書いてしまったが,例えば  \log z のような多価関数は  \arg z' =  \arg z + 2 \pi のとき  \log z' = \log z + 2 \pi i となる.このように,多価関数を1価関数と見るために, 0 の角度と  2\pi の角度を区別する必要がある.(曖昧な書き方だが分かる人には分かるだろうから細部にこだわらない.)

また, r > 0 に対して, S(\theta_1, \theta_2, r) = S(\theta_1, \theta_2) \cap \{ z \mid | z | < r \} とおく. S(\theta_1, \theta_2) S(\theta_1, \theta_2, r)開角領域という.また,開各領域の閉包から原点を除いたものを閉角領域という.また, \theta_2 - \theta_1角領域の角度と呼ぶことにする.

(定義)
開角領域 S S で解析的な関数  f を考える.
 f が形式ベキ級数  \hat{f} (z)= \sum_{n=0}^{\infty} a_n z^n位数  1 で漸近的に等しい,あるいは,  \hat{f} に位数  1 で漸近展開可能であるとは, S に含まれる任意の閉角領域  S_1 に対して,ある定数  C,K>0 が存在し,任意の自然数  N z \in S_1 に対して,
 \displaystyle
\qquad \left| f(z) - \sum_{n=0}^{N-1} a_n z^n \right| \leq C K^N N! |z|^N
が成り立つことをいう.

位数  1 である  \hat{f} に漸近展開可能な  f のなす集合を  \mathcal{A}_1 (S) と表す.

簡単に意味を説明すると,漸近展開可能であるとは,形式ベキ級数を有限項で打ち切るとそれは関数になるが,それとの差が(打ち切った次数以上の位数の)多項式で抑えられることを意味する.ただし,この誤差の項の係数の  N に関する依存性に制限を設けている.

ここで, f\in \mathcal{A}_1 (S) に対して,ある形式ベキ級数  \hat{f} \in \mathbb{C} [ [z ] ] が定まるのでそれを  Jf と表すことにする.このときの  Jf の性質を考えてみよう.

 Jf (z) = \sum_{n =0}^{\infty} a_n z^n としたとき,
 \displaystyle
\qquad |a_N| = |a_N z^N| \cdot \frac{1}{|z|^N}
 \displaystyle
\qquad \qquad= \left|\sum_{n=0}^N a_n z^n - \sum_{n=0}^{N-1} a_n z^n \right|   \cdot \frac{1}{|z|^N}
 \displaystyle
\qquad \qquad \leq \left|f(z) - \sum_{n=0}^N a_n z^N \right|  \cdot \frac{1}{|z|^N} + \left| f(z) - \sum_{n=0}^{N-1} a_n z^n \right|  \cdot \frac{1}{|z|^N}
 \displaystyle
\qquad \qquad = C K^{N+1} (N+1)! |z| + C K^N N!

よって,十分原点に近い  z を考えることで,
 \displaystyle
\qquad |a_N| \leq C K^N N!
が成り立つことが分かる.このような級数に名前をつけておこう.

(定義)
形式ベキ級数  \hat{f} = \sum_{n=0}^{\infty} a_n z^nジュブレー位数 1 であるとは,
定数  C,K>0 が存在して,
 \displaystyle
\qquad |a_N| \leq C K^N N!
が成り立つことをいう.
ジュブレー位数  1 の形式ベキ級数のなす集合を  \mathbb{C} [ [ z ] ]_1 と表す.

以上の考察により,漸近展開可能な関数からジュブレー位数  1 の形式ベキ級数への関数  J \colon \mathcal{A}_1 (S) \to \mathbb{C} [ [z ] ]_1 が定まったことになる.

証明は省略するが,この写像  J には様々な綺麗な定理が成り立つのでそれを紹介する.まずはRittの定理と呼ばれるもののジュブレー位数  1 のときのバージョン.

(定理)

角領域の角度が  \pi 以下ならば, J \colon \mathcal{A}_1 (S) \to \mathbb{C} [ [z ] ]_1全射である.つまり,ジュブレー位数  1 の形式ベキ級数  \hat{f} に対して, S で解析的な関数  f が存在し, f \hat{f} に位数  1 で漸近展開可能である.

この定理の証明には,形式ボレル変換とラプラス変換を用いる.ただし,本記事ではラプラス変換積分路を  \arg z = 0 に沿ったものにしていたがそれを変更する必要があり,また,有限の点までの積分に修正する必要がある.

元のモチベーションに戻ると,この定理は角領域をある程度小さくすることで(ジュブレー位数  1 の)形式ベキ級数はそれと漸近的に近いある解析関数を必ず得ることを主張している.しかし,残念ながら一意性は必ず成り立たない.なぜなら, e^{-z} S (-\pi, \pi) において(形式ベキ級数の) 0 \in \mathbb{C} [ [z ] ]_1 に漸近展開可能なので,この分の誤差をいつでも入れることができるからである.

一意性を得るためには角領域を大きくする必要がある.

(定理)

角領域  S の角度が  \pi より大きいならば, J \colon \mathcal{A}_1 (S) \to \mathbb{C} [ [z ] ]_1単射である.つまり,任意のジュブレー位数  1 の形式ベキ級数  \hat{f} に対して, \hat{f} に位数  1 で漸近展開可能な関数  f\in \mathcal{A}_1 (S) は一意である.

証明にはやはりBorel変換とLaplace変換を用いる.

ジュブレー位数 1 の形式ベキ級数  \hat{f} は小さな角領域では漸近的に等しい解析関数を持つ.角領域を大きくすることで,この関数が一意である,つまり,形式ベキ級数に対し,関数が一つになる条件を考えたい.実はこれは簡単で,まず,\hat{f} をボレル変換し  \mathcal{B}(\hat{f}) が(ある方向に)Laplace変換できることが必要である.さらに,少し積分路の角度を少しを変えてもラプラス変換が可能なら,それは大きな角領域で漸近展開可能な解析関数を得たことになる.つまり,一意に関数が定まる.

最後に,以上のことを具体例で見ていこう.

オイラー級数

オイラー級数
 \displaystyle
\qquad \hat{\phi} (z) = \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n n! z^n = 1 - z + 2 z^2 - 6 z^3 + \dots
を考えよう.これは明らかに発散級数である.これを形式ボレル変換すると,
 \displaystyle 
\qquad \hat{\mathcal{B}} (\hat{\phi}) (s) =  \sum_{n=0}^{\infty} (-1)^n s^n = \frac{1}{s+1}
となり, s = -1特異点を持つ簡単な有理関数になる.これはラプラス変換可能なので実行すると,
 \displaystyle
\qquad \phi(z) := \mathcal{L} (\hat{\mathcal{B}}(\hat{\phi})) (z) =  z^{-1} \int_0^{\infty} \frac{e^{-z/s}}{s+1} ds
 \hat{\phi} を漸近展開に持つ関数  \phi を得る. \phi積分が計算できず初等関数で書くことができない.
ラプラス変換積分路は  \arg s = 0 としたが,特異点 s = -1 なので  \arg s = -1 を除く任意の方向にラプラス変換できる.よって,この漸近展開は広い角領域で成り立つ.つまり,  \hat{\phi} \phi に一意に漸近展開可能である.

さて,この意味で形式ベキ級数  \hat{\phi} に対して関数  \phi が一意に定まるが,これに  z = 1 を代入することで

\qquad 1 - 1 + 2 - 6 +  \dots + (-1)^n n! + \dots

 \displaystyle
\qquad  \int_0^{\infty} \frac{e^{-s}}{s+1} ds = 0.59634732...
に等しいと書いてあることがある.もちろんナイーブには正しくないが,ある意味でこの発散級数にこの数字を対応させるのにはある程度の正当性がある.

参考文献

基本的には
Balser, "From Divergent Power Series to Analytic Functions"
を参考にした.
複素領域の常微分方程式を扱った本にはほぼ必ず漸近展開を書いている.
他には
Sauzin, "Introduction to 1-summability and resurgence"
が分かりやすく最新の結果も書かれていてオススメである.(arXivにもある.)

*1:この  \mathcal{L}ラプラス変換というのが嫌ならば, \hat{\mathcal{B}} の方を変更する流儀もある