記号の世界ゟ

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オイラー・ポアソン方程式とリー・ポアソン構造

(この記事は数理物理 Advent Calendar 2018 - Adventar 4日目の記事です。)

固定点を持つ剛体の運動を表す方程式(つまり,コマの方程式)はオイラーポアソン方程式と呼ばれ*1,以下のように書ける.
 \displaystyle
\qquad \dot{\Gamma} = \Gamma \times \Omega \\
\qquad \dot{M} = M \times \Omega + \Gamma \times L,

本記事の目標はこの方程式がラックス形式で書けることを確認することである.それを通して,リー・ポアソン構造の有用さが分かると思う.

この問題に対する私のモチベーションを少し書く.オイラーポアソン方程式の可積分性というのは面白い問題であるが,本来,可積分性はシンプレクティック形式から定まるポアソン括弧で書けるハミルトン系に対する概念である.そこで,オイラーポアソン方程式が今のべた意味でのハミルトン系で書けるかというのを調べたいのが私のモチベーションである.

準備

少し長いので簡単な流れを述べておく.
(1)リー代数  V があるとき, V^* 上の関数にポアソン構造を入れることができる.これにより  V^*上のハミルトン系が定義できる.
(2)リー代数に非退化な対称双線形形式があるとき, V上の関数にポアソン構造を入れることができる.これにより  V上のハミルトン系ができる.
(3)さらに,双線形形式がアジョイント不変であれば, V上のハミルトン系はラックス形式で書ける.

ポアソン構造

まずリー代数の定義を復習する.係数体を  \mathbb{R}とするベクトル空間  Vを考える. このベクトル空間に対し演算  [\cdot ,\, \cdot] \colon V\times V \to Vが存在し, 以下の性質を満たす.

(1)双線型である.つまり, [a v_1+bv_2, w ] = a [ v_1, w ]+ b [v_2, w] かつ  [v, aw_1 + bw_2 ] = a[v, w_1 ]+ b[v, w_2] ;

(2)反対称である.つまり,  [v, w] = - [w, v] ;

(3)ヤコビ恒等式が成り立つ.つまり, [v_1, [v_2 , v_3 ] ] + [ v_2, [v_3, v_1 ] ] + [ v_3, [v_1 , v_2 ] ] =0
このとき, Vリー代数という.演算  [ \cdot, \cdot] はリー括弧と呼ばれる.


次に,ポアソン構造を定義する. \mathrm{C}^{\infty} 級の実多様体  Mを考える.多様体上の  \mathrm{C}^{\infty}級の関数の集合  \mathrm{C}^{\infty} (M)に対して,演算  \{ \cdot , \cdot \} \colon \mathrm{C}^{\infty} (M) \times \mathrm{C}^{\infty} (M) \rightarrow \mathrm{C}^{\infty} (M)があり, リー括弧の性質(1),(2),(3)に加えて,

(4)ライプニッツ則,つまり, \{F, GH \} = \{F, G\} H + G \{F, H\}

を満たすとき, Mポアソン多様体と呼ばれる. 演算  \{\cdot , \cdot \}ポアソン括弧と呼ばれる.
ライプニッツ則は  \{ f, \cdot\}ないし \{ \cdot ,\, f\}微分であることを表す(微分代数の考え方).

 Mポアソン多様体とし,関数  H \in \mathrm{C}^{\infty} (M)を定めると, X_{H} = \{H , \cdot\}M上のベクトル場になっている. これをハミルトンベクトル場という. これにより定まる微分方程式
\displaystyle
\qquad \dot{x} = X_H (x)
をハミルトン系という. Hをハミルトン系のハミルトン関数という. 多様体で定義したため若干説明不足な部分があるが  M = \mathbb{R}^nのケースだと単に n次元微分方程式
\displaystyle
\qquad \dot{x_i} = \{H , x_i\}, \quad i = 1,\, \dots n
である. ハミルトン関数  Hのハミルトン系に対して,  F \in \mathrm{C}^{\infty} (M) が保存量であることは  \{H, F\} = 0と同値である. それは  X_H (F) = \{ H, F\}から自明である. 微分形式に慣れていれば,
\displaystyle
\qquad \frac{d}{dt} F(x) = dF (\dot{x}) = dF(X_H) = X_H (F)  = \{ H, F\}
からもよくわかる.
特に,ハミルトン関数自身は常に保存量である.また,ヤコビ恒等式より2つの保存量  F, G に対し, \{ F, G \} も保存量となる.任意の関数  H \in \mathrm{C}^{\infty} (M) に対して  \{H , C\} = 0 となる関数  C \in \mathrm{C}^{\infty} (M)カシミール(Casimir)関数という.つまり,カシミール関数はポアソン括弧によりできる任意のハミルトンベクトル場の保存量である.言い換えると,カシミール関数  Cに対してハミルトンベクトル場は  X_C = 0 であるとも言える.

リー・ポアソン構造

リー・ポアソン構造を説明するために,まずリー代数  Vの双対空間 V^*ポアソン構造が入ることを見る.まず,わかりやすさのために  v \in V,\, \mu \in V^*に対し, \langle \mu , v\rangle := \mu (v)と書くことにする. V^* 上の関数  F \in \mathrm{C}^{\infty} (V^*)に対して, \nu \in V^* での勾配  D_{\nu}F V^*から \mathbb{R}への線形写像になっているため, D_{\nu} F\in V^{**}であり, Vとの同一視,つまり,
\displaystyle
\qquad D_{\nu}F (\mu) = \left\langle \mu , \frac{\delta F}{\delta \nu} \right\rangle
となる元  \frac{\delta F}{\delta \nu} \in V が存在する.ここで, V^* 上のポアソン括弧を
 \displaystyle
\qquad \{F , G\} (\mu) = \left\langle \mu , \left[ \frac{\delta F}{\delta \mu}, \frac{\delta G}{\delta \mu} \right] \right\rangle
と定めることができる. このようにできたポアソン括弧をリー・ポアソン括弧という.

 V 上にポアソン構造を定めるためには Vの非退化な対称双線形形式  \eta ( \cdot , \cdot )が必要である. \etaがあれば,  F \in \mathrm{C}^{\infty} (V), v \in Vに対して, D_{v} F \in V^*なので
 \displaystyle
\qquad \left\langle D_v F, w\right\rangle = \eta(\nabla_v F , w ) ,\quad  ^{\forall} w \in V
となる  \nabla_v F \in Vが(非退化な条件より)一意に定まる.これにより, V上にもポアソン構造が
 \displaystyle
\qquad \{F, G\} (v) = \eta( v ,\, [ \nabla_v F ,\, \nabla_v G])
\
で定まる.

ラックス形式

ここで, \muが特殊な場合にはハミルトン系がいわゆるラックス形式でかけることを見る. ここで仮定するのは  \muのアジョイント不変性, つまり,
 \displaystyle
\qquad \eta(v_1 , [v_2 ,\, v_3] ) = \eta ( [v_1 , v_2] ,\, v_3) ,\quad  ^{\forall}v_1, v_2 , v_3 \in V
である.このとき, V上の関数  G, H v \in Vに対し,
 \displaystyle
\qquad \{ H, G \} (v) = \eta(v , [\nabla_v H , \nabla_v G] )\\
\;\;\quad \qquad \qquad = \eta( [v , \nabla_v H ] , \nabla_v G)\\
\;\;\quad \qquad \qquad = \eta( \nabla_v G, [v, \nabla_v H] )\\
最後に  \nabla_v G の定義より,
\displaystyle
\qquad \eta( \nabla_v G , [v, \nabla_v H ]) =\left\langle D_v G, [v, \nabla_v H]\right\rangle
となる.そのそもハミルトンベクトル場  X_Hは任意の関数  Gと点  v\in Vに対し  X_H (G) (v) = \{H, G\} (v) = \left\langle D_vG , X_H(v) \right\rangleとなるものだったので, X_H(v) = [v , \nabla_v H ] であることがわかる.よって,ハミルトン系も
 \displaystyle
\qquad \frac{dv}{dt} = [v , \nabla_v H ]
と書ける. これをラックス形式という.

オイラーポアソン方程式

以上の準備の下,オイラーポアソン方程式ポアソン構造と見る方法を述べる.まず線形空間  V = \mathbb{R}^6を考え,元を  v = (\Gamma , M)^t \in \mathbb{R}^3 \times \mathbb{R}^3 = Vと書く. \GammaMも縦ベクトルと見たいので,少し書き方が変であるが,伝わると思うので縦ベクトルと横ベクトルの区別はおおらかにする.

リー括弧を  v = (\Gamma , M)^t, \bar{v} = (\bar{\Gamma} , \bar{M})^tに対して,
 \displaystyle
\qquad [v ,\, \bar{v} ] = (\Gamma \times \bar{\Gamma}, \Gamma \times \bar{M} + M \times \bar{\Gamma} )^t
で定める.次に非退化な対称双線形形式  \eta
 \displaystyle
\qquad \eta (v, \bar{v}) = \Gamma \cdot \bar{M} + M \cdot \bar{\Gamma}
と定める. \etaを行列  Nで表現すると
 \displaystyle
\qquad N = \left(\begin{matrix}
0 & E_3 \\
E_3 & 0
\end{matrix}\right)
であり(つまり, \mu(v, \bar{v}) = v^t N \bar{v})非退化で対称なことがすぐに分かる. V上の関数を  Fとし, Fに対して \nabla_v F = (\tilde{\Gamma}, \tilde{M} )^t \in V が定まる.計算すると
 \displaystyle
\qquad \left\langle D_v F , \bar{v} \right\rangle = \sum_{i=1}^3 \frac{\partial F}{\partial \Gamma_i}(v) \bar{\Gamma_i} + \sum_{i=1}^3 \frac{\partial F}{\partial M_i}(v)\bar{M_i}
であり,
 \displaystyle
\qquad \eta(\nabla_v F , \bar{v}) = \sum_{i=1} \tilde{\Gamma}_i \bar{M}_i + \sum_{i=1}^3 \tilde{M}_i \bar{\Gamma}_i
なので,任意の  \bar{v}
 \displaystyle
\qquad \left\langle D_v F , \bar{v} \right\rangle =\eta(\nabla_v F ,\, \bar{v})
が成り立つことから,両辺を比較すると,
 \displaystyle
\qquad \nabla_v F = \left(\frac{\partial F}{\partial M}(v) , \frac{\partial F}{\partial \Gamma_i}(v) \right)^t
であることが分かる.具体的には
 \displaystyle
\qquad \nabla_v H = (\Omega , L)^t , \quad \nabla_v H_2 = (\Gamma , M)^t ,\quad \nabla_v H_3 = (0 , 2\Gamma)^t
であることが分かる.

ポアソン括弧からもハミルトンベクトル場を計算できるが,すでにラックス形式で計算できることが分かっているので,
 \displaystyle
\qquad \dot{v} = [v, \nabla_v H]\\
\quad \quad \;\,=[ (\Gamma , M)^t , (\Omega , L)^t ] \\
\quad \quad \;\,=( \Gamma \times \Omega , M \times \Omega + \Gamma \times L)^t
となる.つまり,通常のオイラーポアソン方程式
 \displaystyle
\qquad \dot{\Gamma} = \Gamma \times \Omega \\
\qquad \dot{M} = M \times \Omega + \Gamma \times L

に一致した.

*1:吉田春生先生の用語に従っているが,この方程式をオイラーポアソン方程式と呼んでいいものか分からない.