この記事は以下の一連の記事の最終回ですが,今回の内容が目標だったので,できるだけこれまでの記事を読まなくても理解できるように説明していく.
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今回使う知識
これまで説明したことで,今回使うものを復習する.ただし, として書き直している.以下ではアインシュタインの規約を用いている.
ポテンシャル に対して
とおくと,電磁場のラグランジアン密度は
であり,そのオイラー・ラグランジュ方程式としてマクスウェル方程式
を得る.任意の関数 に対して定義されるゲージ変換
により,作用(ラグランジアン密度の積分)は不変である.
ここで, は行列であり,また,ある行列 を用いて
としているが,これらの行列が具体的にどのようなものであるかは今回の内容に影響しない.
ゲージ共変性による電磁場の導入
上で述べたのは自由空間のDirac方程式である.つまり,外力が働かないときに,純粋に量子力学的な効果だけを見ている方程式である.電子に電場による外力がかかったときの方程式は,ハミルトニアンの正準量子化で電磁場を含んだ方程式を導くことができるが,一旦電磁場のことを忘れて別の視点から電磁場が自然に現れることをみる.
Dirac方程式のラグランジアン密度
を考える.このとき,定数 を用いて,
と変換しても,ラグランジアン密度は変化しない.なぜなら,真ん中の項の微分や行列は関係なくて実質 の形なので,上の変換で となるからである.これを大域的なゲージ変換という.変換をさらに一般化して,定数 (これは でも良い)と関数 を用いた変換
でラグランジアン密度が不変になるようにするにはどうすればいいかを考える.このままでは,Dirac方程式の真ん中の項の微分があるため不変にならないのであるが,計算すると
となるので, という余分な項が出てきてしまう.そこで,(電磁場のことはとりあえず忘れて) という場で
と変化するものを考えて,Dirac方程式の の項を と書き換えたラグランジアン
を考える.そうすると,上の変換で,
となり,ラグランジアンは不変になる.このような変換
を局所的なゲージ変換という.それは, が関数のため,時空間に依存して変化が変わるからである.ゲージ変換というときにはこの局所的なゲージ変換を指すことが多い.
上のラグランジアンでは, の運動の情報が入っていないため,それを表すために,例えば
とおいて,ラグランジアン密度を
と考える.ここで や の添加のみを考えた理由は後で説明する.すると, でオイラー・ラグランジュ方程式を考えれば,Dirac方程式を変形した
を得る.また, でオイラー・ラグランジュ方程式を考えればマクスウェル方程式を変形した
を得る.
ここで,電磁場のポテンシャルのゲージ変換は となることを知っているので,上で必要となった は電磁場のポテンシャルではないかと期待できる.実際に,外部電磁場の中を電荷 で運動する 1 粒子のハミルトニアンから方程式を計算すれば,
となることが分かる.電流 はもちろん電子の動きを表しているため,電磁場の下で動く 1 粒子の影響が電流としても合わられるはずである.実際,マクスウェル方程式は
となった.つまり,粒子 からは の分が電流密度として反映される.
Dirac方程式の(局所的)ゲージ共変性から電磁場のポテンシャルと同じ変換がなされる場 が現れることを導いたが,先歴史的には先に方程式があって,それがゲージ共変性をもっていたという流れのはずである.しかし,今回述べたように,電子の相互作用を表すために電磁場が必要となるという見方ができる.そのように見れば,相互作用する粒子一般に対して,電磁場のような相互作用を表すための場が必要になるという予想を立てることができる.
ただし,そのように見るには,本当にこの見方が電磁場においても正しいかということを考える必要がある.例えば, の運動を表すために,なぜ や の項のみを考えて他の項は考えなかったのかを正当化しなければならない.まず,最終的なラグランジアン密度はゲージ不変でなければならない. は の微分 で定義されており,偏微分の交換可能性からゲージ変換でも不変になるのであった.また, は電荷の保存則 が作用の不変性を表すのであった.それ以外の項として例えば
を考えると,ゲージ変換によって
となり,一般にはゲージ変換で不変ではない.粒子の場合は,微分を取らないものの積は の形で入っており,この項は質量を表していた.よって, のような微分を取らないものの積を質量項という.上で見たように,質量項があるとゲージ不変とはならないため,粒子の相互作用を表すために導入した場 は質量を持たないと期待される.よって,ゲージ不変性を考えると の運動を表すために添加していい項は限られてくることが分かる.
粒子の相互作用を担う場を与える描像とその後の発展
前節の内容を一般化することで,相互作用する粒子に対して場が必要となる流れが定式化できたことになる.
(1) ある粒子のラグランジアンを考え,適当なゲージ変換を考える
(2) ゲージ変換のズレを消去するための項を生み出すような場を導入する
(3) ゲージ変換で不変になる程度に場の運動を表す項を添加する
もし現実がこの通りになっているのなら,相互作用を表す場は質量がないことが予想される.
さて,今回の内容がその後の素粒子理論の出発点となる.(以下は私が理解できているわけではありません)
(i) Dirac方程式は負のエネルギーの問題が出る.それは場を量子化する,つまり, などの場を演算子と考えることで解決される.このような理論を量子場の理論という.(これまでの内容は古典場の理論.)電磁場の下でのDirac方程式を量子化すれば,量子電磁力学(QED)になる.相互作用を担う場は質量のないボーズ粒子によってなされることになる.例えば,光子の質量は 0である.
(ii) 上の流れ通りであれば,相互作用を担うボーズ粒子は質量がないはずであるが,実際にはそうではない.そこで,質量を得るための説明が必要となる.それがヒッグス機構であり,自発的対称性の破れからヒッグス場との相互作用により質量を得るという説明をする.
素粒子理論についての解説として
ピーター・ウォイト『ストリング理論は科学か』
をオススメする.数式をほとんど使わなくても,かなり高度なことまで説明している.特に,最初に加速器実験についてかなり詳しく説明しており,この分野の感覚や実験で何が分かるのかといったことも教えてくれる.
共変微分
ゲージ変換の不変性を持たせるために場を導入したが,もう少し違う見方をする.ゲージ変換で不変になるために,微分 は に書き換える必要があった.変更後はゲージ変換で不変になるような微分だと見ることができるので, とおき,これを共変微分と呼ぶ.つまりラグランジアンはゲージ変換で不変となる項のみで書かれているので明らかにゲージ不変になるという見方ができる.
実質的にはこれまでの説明と同じではあるが気持ちがずいぶん違う.これまでの説明は,不変になるように補正項を加えるというニュアンスであった.一方でこの説明は,登場するものが全てゲージ不変になるように,特に,微分を共変微分に書き換える,という説明である.その視点で見ると,電磁場とは,共変微分で普通の微分には現れないズレの項なのである.