微分ガロア理論では初等関数が扱えます.その定義はわりとわかりやすいのですが,さらに微分ガロア理論的にはLiouville拡大の方が重要な関数のクラスを定めています。しかし,その定義は初見では分かりにくいため,その意味を解説します.
Liouville拡大
微分体の定義は昔の記事を参照してください.さっそくLiouville拡大を定義します.
を定数体とする.微分体の拡大 がLiouville拡大であるとは, と の定数体が同じで,単拡大の列
が存在して,それぞれの が
または
となることをいう.さらに,上の二つの条件に加えて
は 上代数的
も許したものを広義Liouville拡大という.
ふつうのガロア理論では群の可解が冪根拡大に対応するが,微分ガロア理論では(ざっくりいうと)群の可解とLiouville拡大が対応する.だから,Liouville拡大が大切である.ここで
という条件は だったとすると, に対応する.つまり,一つ前の微分体の積分を添加したことを意味する.一方,
という条件は だったとすると,, すなわち, に対応する.つまり,一つ前の微分体の指数積分を添加したことに対応する.なぜこれら二つの操作なのか?指数積分ではなく指数ではだめなのかなどの疑問が湧き上がる.よくよく考えれば,積分と指数積分というのは線形微分方程式を解くときに使う操作であることが分かる.これを説明しよう.
解ける線形微分方程式
線形微分方程式で係数行列が上三角行列ならば,積分と指数積分を用いて解けることをみよう.簡単のため 連立の線形微分方程式を考える.
線形微分方程式と聞くと解けるという印象を持つ人がいるだろうが,係数行列が に依存していると一般には解けない.(解けない理由はおまけの節を参照せよ.)そこで, として,係数行列が上三角行列であると仮定しよう.すると,この方程式は以下のステップで解ける.
Step1
まず, に関する方程式
を解く.これは,変数分離
できるから解ける.具体的には
となる.つまり, 一階の斉次線形方程式を解くのには,指数積分を用いると解ける.
微分ガロア理論での考え方.
微分ガロア理論を知らない人のために,直感的に説明すると,Picard-Vessiot拡大とは微分方程式の解を全て添加したもののことで,ふつうのガロア理論でいうと方程式の分解体に対応する.また,微分ガロア群は線形代数群と呼ばれるものになる.簡単に言えば,行列の集まりのことである.線形代数群は位相が入っていて,単位元を含む連結成分を単位成分と呼び と表している.
この定理での不満点は微分ガロア群 自体の可解性ではなく単位成分 が対応することである.また,Liouville拡大ではなく広義Liouville拡大が対応している.事情は複雑のように見えるが,この定理の証明の議論を追えば,意外と納得のいく議論の積み重ねでこの定理が成り立つということが分かる.
Step1
線形代数群 の可解性はよく調べられている.まず, が三角化可能なら,可解である.一方, が連結なとき,可解なら三角化可能であるというのがLie-Kolchinの定理である.つまり, が連結ならば,可解と三角化可能が同値である.だから, が連結でなくても に対しては,可解と三角化可能が同値である.
Step2
次に,微分ガロア群が三角化可能なら,Picard-Vessiot拡大 はLiouville拡大であることが分かる.この証明は,係数が三角行列の線形微分方程式が積分と指数積分で書けることとほぼ同じ考え方で証明できる.もちろん,方程式の係数行列とガロア群は違うから議論も全く同じというわけではないが,積分と指数積分が現れる理由がほとんど同じである.
Step3
微分体に代数的な元を添加するというのは,ガロア群のコピーが有限個作られることに対応する.この操作でガロア群は大きくなるものの, は大きくならない.だから,代数的な元の添加を気にしないときには, を見ればいいということになる.
Step4
微分体に積分や指数積分を添加することは,一般には可解性を保ちながら大きくなることを意味する.正確に言えば,元の群を ,添加した後のガロア群を とすれば,一般には, が可換になる.ただし,積分や指数積分がたまたま代数的な場合があり,このときは が可換とはならないことがあるが,Step3に帰着する.
まとめ
上のStepを組み合わせて定理を直感的に証明しよう.Step2により, が三角化可能なら拡大はLiouville拡大である.しかし,Step1で述べたように, が連結でなければ可解だとしても三角化可能かは分からないので,一般には, が可解でもLiouville拡大とは限らない.ただし,連結なら可解から三角化可能が言えるのであった.そこで に注目することになるが, を使うときには代数的な元の添加は分からないので, の可解性から,拡大が広義Liouville拡大である(Liouville拡大かは分からない)ことが分かる.
次に逆を考える.Step4 によりLiouville拡大ならば一般には が可解であることが期待できる.ただし,Step4で注意したように,積分や指数積分がたまたま代数的ならそうはならない.しかし,Step3 より,代数的な元の添加は の可解性を壊さないから Liouville拡大なら が可解であることが分かる.同じ理由からもう少し一般化できて,広義Liouville拡大なら が可解である.