記号の世界ゟ

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有理関数体と付値

一変数代数関数体の理論は非常に有用であるものの,定義や定理のイメージを持つことが難しいと思います.今回は複素係数の有理関数環 \mathbb{C} (x) の場合に考えることで,それを元に一変数代数関数体で何を議論するのかというのを紹介しようと思います.

普通に数学をやっている人は「リーマン・ロッホ空間」の節から読んでいただければと思います.

有理関数体の性質

複素係数の有理関数体を復習する.有理関数体  \mathbb{C} (x) とは

\displaystyle \qquad \mathbb{C} (x) :=\left\{ \frac{p(x)}{q(x)} \mid p(x), q(x) \in \mathbb{C} [x ], p(x), q(x) \mathrm{ は互いに素}  \right\}
である.係数を複素数体  \mathbb{C} としているので,多項式は一次式の積に因数分解できる.よって有理関数体は

\displaystyle \qquad \mathbb{C} (x) =\left\{ c \frac{\prod_i (x-a_i)}{\prod_j (x-b_j) } \mid a_i, b_j, c \in \mathbb{C} [x ], a_i \neq b_j  \right\}
と書くことができる.

有理関数はローラン展開できる.つまり,有理関数 f(x) は任意の  \alpha \in \mathbb{C} に対して,

\displaystyle \qquad f(x) = \sum_{j=k}^{\infty} a_j (x- \alpha)^j, \quad a_k \neq 0
と展開することができる.このとき, k < 0 ならば,x = \alphaf(x) の極であるといい,-k を極の位数という.また,

\displaystyle \qquad f(x) = \sum_{j=k}^\infty a_j \left(\frac{1}{x}\right)^j , \quad a_k \neq 0 \\
\displaystyle \qquad (\text{または } f(x) = \sum_{j=k}^\infty a_j x^{-j})
と展開することもできる.つまり,負冪には無限に続くが,正のべきでは有限で打ち切れる展開である.これを  x=\infty でのローラン展開という.

このように,\mathbb{C}\infty に対して付値を考えることができるから,まとめて  \mathbb{P} := \mathbb{C} \cup \{\infty\} と書くことにする.

もっと馴染みのある類似のものは零点である. f(x) = (x-\alpha)^k g(x), g(\alpha) \neq 0, k \geq 1 と書けるとき, x= \alphak 位の零点という.

本質的に重要なのが以下の命題である.

(命題)
有理関数の零点と極は有限である.

付値

代数関数体で重要な付値を説明する.
 x=\alpha での付値とは関数  v_\alpha \colon \mathbb{C} (x) \setminus \{0\} \to \mathbb{Z} で以下のように定義される:

 f(x) x=\alpha でのローラン展開 \sum_{j = k}^{\infty} a_j (x-\alpha)^j としたとき,
 
\displaystyle \qquad v_\alpha (f) := \mathrm{min} \{ j \mid a_j \neq 0\}
また,無限大での位数も無限大でのローラン展開で同様に定義できるが, f(x) = \frac{p(x)}{q(x)} としたときは

\displaystyle \qquad v_\infty (f) := \mathrm{def} (q(x) ) - \mathrm{deg} (p(x) )
と書くこともできる.定数  0 に対する付値は  v(0) = \infty と決めておくと便利である.

付値には以下の公式が成り立つ.

(公式)

\bullet  v(f(x) + g(x) ) \geq \min \{v(f(x) ), v(g(x) ) \}

 \bullet  v(f(x) g(x) ) = v(f(x) ) + v(g(x) )

これはローラン展開を考えればすぐに分かる.また, v(f(x) ) \neq v(g(x) ) ならば, v(f(x) + g(x) ) = \min \{v(f(x) ), v(g(x) )\} もすぐに分かる.

有理関数の零点と極は有限であったので, v_\alpha (f) \neq 0 となる  \alpha の個数は有限である.

リーマン・ロッホ空間

さて,代数関数体の理論とは,付値の情報から関数や関数の集まりがなす環を調べるものと言っていいだろう.このように考えたときに,種数などの概念が自然に現れるということを有理関数体の場合に説明していく.

有理関数体  K=\mathbb{C} (x) に対しては,点  \alpha \in \mathbb{P}:=\mathbb{C} \cup \{\infty\} に対して,付値  v_\alpha \colon K \to \mathbb{Z} \cup \{\infty\} が定まるのであった.ある関数  f \in K に対する付値の情報を表すものとして因子(Divisor)を導入する.

 \alpha \in \mathbb{P} ごとに記号  P_\alpha を用意する. f \in K\setminus \{0\} の因子  (f)

\displaystyle \qquad (f) := \sum_{\alpha \in \mathbb{P}} v_\alpha (f) P_\alpha
と定める.有理関数の零点や極の個数は有限なので,ここでの足し算も有限である.一般に,有限和

\displaystyle \qquad A = \sum_{\alpha \in \mathbb{P}} n_\alpha P_\alpha, \quad n_\alpha \in \mathbb{Z}
 K因子と呼ぶ.また,この因子の付値も  v_\alpha (A) := n_\alpha と定めることにする.ここで有限和と言っているのは, n_\alpha \neq 0 となる  \alpha が有限個しかないという意味であり.この時点で和の演算を考えているわけではない.(数学的に表現するなら因子は  \mathbb{Z}^{\mathbb{P} } の元で,有限個を除いた全ての成分が  0 のものである.)

二つの因子  A, B の和を

\displaystyle \qquad A+B := \sum_\alpha (v_\alpha (A) + v_\alpha (B)) P_\alpha
と定めれば,これが因子になることや,全ての因子の集まりがアーベル群になることは明らかである.また, A\leq B を,全ての \alpha \in \mathbb{P} に対して  v_\alpha (A) \leq v_\alpha (B) が成り立つこととする.最後に,因子の次数を

\displaystyle \qquad \mathrm{deg} A := \sum_\alpha v_\alpha (A) \in \mathbb{Z}
と定める.

さて,最初に述べたように,付値が関数をどのように定めるか,つまり,因子が関数をどのように定めるかという問題に入ろう.

最初に簡単なところから考えよう, \mathbb{C} \setminus \{0\} の元の因子が  0 であることは明らかであるが,逆に因子が  0 となるのは,定数のときだけである.これは,リーマン球面におけるリュービルの定理である.

一般に,「因子が A となる関数 f \in K はどのようなものか」という問題に答えられればいいのであるが,それは少し難しい(特に有理関数体より一般化したときには難しい).そこで以下の空間を考える.

(リーマン・ロッホ空間)
K の因子 A に対して,
 \displaystyle \qquad
\mathcal{L} (A) := \{ f \in K \mid (f) \geq -A\} \cup \{0\}
 Aリーマン・ロッホ空間と呼ぶ.

付値で書き直せば, f \in \mathcal{L} (A) とは  v_\alpha (f) \geq - v_\alpha (A) ということである.

リーマン・ロッホ空間の意味を少しずつ明らかにしていこう.因子  A

\displaystyle \qquad A = \sum_i n_i P_{a_i} - \sum_j m_j P_{b_j}, \quad n_i, m_j > 0
と正と負の付値に分けたときに, f \in \mathcal{L} (A) とは,

\quad \bullet  x = a_i f の高々 n_i 位 の極である. x = a_j 以外は極ではない.

\quad \bullet  x = b_jf の少なくとも  m_j 位の零点である.

を意味することは明らかである.

例えば, A = P_0 ならば, \frac{1}{x} \in \mathcal{L} (P_0) のようになる.しかし,x \infty 1 位の極を持つため, x \notin \mathcal{L} (P_0) である.なので, A = P_0 + P_\infty を考えれば, \frac{1}{x}, 1, x \in \mathcal{L} (P_0 + P_\infty) となっている.

以下のことは簡単に分かる.

(命題)

 \bullet リーマン・ロッホ空間は \mathbb{C} ベクトル空間である.

 \bullet 因子  A, B に対して, A \leq B  \iff  \mathcal{L}(A) \leq \mathcal{L} (B)

 \bullet \mathcal{L} (0) = \mathbb{C}

 \bullet  A < 0 ならば  \mathcal{L} (A) = \{0\}

大事なのは以下の定理である.

(定理)
有理関数体  K= \mathbb{C} (x) の因子  A に対して,

\displaystyle \qquad \mathrm{dim}_\mathbb{C} \mathcal{L} (A) = 1 + \mathrm{deg} (A)

(証明)因子  A
 
\displaystyle \qquad A = \sum_i n_i P_{a_i} - \sum_j m_j P_{b_j} + s P_\infty, \quad n_i, m_j > 0
と書けたとする.このとき, f \in \mathcal{L} (A)
 
\displaystyle \qquad 
f(x) = \frac{\prod_j (x-b_j)^{m_j} }{\prod_i (x-a_i)^{n_i} } P(x)
と書ける.ここで, P(x)多項式である.無限大での付値を計算すると,
 
\displaystyle \qquad v_\infty (y) = -\mathrm{deg} (P(x) ) - \sum_j m_j + \sum_i n_i \geq -s
である.よって,

\displaystyle \qquad \mathrm{deg} (P(x) ) \leq \sum_i n_i - \sum_j m_j + s = \mathrm{deg} (A)
となる.  \mathrm{deg} (P(x) ) \leq \mathrm{deg}(A) となる多項式  P(x)0 の集まりは  1 + \mathrm{deg}(A) 次元ベクトル空間となる.これは  \mathcal{L} (A) 1 + \mathrm{deg}(A) 次元ベクトル空間であることを意味する. \square

応用(部分分数分解)

リーマン・ロッホ空間の応用として,部分分数空間を考えよう.

(部分分数分解)
 P(x), Q(x) を互いに素で  \mathrm{deg} P(x) \leq \mathrm{deg} Q(x) となる多項式とする.

 Q(x) x=a_i, i=1, \dots, k n_i 次の零点を持っていたとすると,P(x)/Q(x) 1/(x-a_i)^j  ( j \leq n_i, i = 1, \dots, k) 1 の線形結合で書ける.

(証明) P(x)/ Q(x) の因子が

\displaystyle \qquad A := \left( \frac{P(x)}{Q(x)} \right) = \sum_i n_i P_{a_i} - \sum_j m_j P_{b_j} + s P_{\infty}, \quad m_j > 0
と書けたとする.  \mathrm{deg} P(x) \leq \mathrm{deg} Q(x) の仮定は, s \geq 0 を意味する.よって, B = \sum_i n_i P_{a_i} とおけば, A \leq B であり, P(x)/ Q(x) \in \mathcal{L} (A) \subset \mathcal{L} (B) となる.
 1/(x-a_i)^j  ( j \leq n_i, i = 1, \dots, k) 1 は一次独立かつ  \mathcal{L} (B) の元であり,定理より  \mathcal{L} (B) \mathrm{deg} (B) + 1 = \sum_i n_i + 1 次元であるから, 1/(x-a_i)^j  ( j \leq n_i, i = 1, \dots, k) 1 \mathcal{L} (B) の基底であることが分かる. \square

無限大での議論をうまくやって多項式の基底も加えれば, \mathrm{deg} P(x) \leq \mathrm{deg} Q(x) の仮定をのぞけることは想像がつくだろう.

どのように一般化されるか

今回は有理関数体に対して議論したが,これを一般化するのが代数関数体の理論である.まず,一変数代数関数体を定義しよう.

(一変数代数関数体)
 K が体  C 上の一変数代数関数体とは, K C 上の超越次数が 1 の有限生成体である.
つまり, C 上超越的な元  y \in K が存在して, K C(y) 上有限次となるもののことである.

有理関数の場合と同様に,一変数代数関数体には  C \cup \{\infty\} ごとに付値が定まる.しかし,有理関数とは違って,それ以外にも付値と呼べるものが存在することがある.ここで発想の転換をおこない,付値の集まりを点とみなし  \mathbb{P} と書くことにする.なので,一般には, C \cup \{\infty\} \subset \mathbb{P} となる.点  \alpha \in \mathbb{P} に対応する付値を  v_\alpha と書くことにする.

有理関数体の場合と同様に,一変数代数関数体の元に対しても,極と零点の個数は有限となる.つまり, y \in K に対して, v_\alpha (y) \neq 0 となる  \alpha \in \mathbb{P} の個数は有限である.よって,因子やリーマン・ロッホ空間も同じように定義することができる.さらには,リーマン・ロッホ空間の次元が有限となるというところまで同じである.

違いが出てくるのは,リーマン・ロッホ空間の次元である.一般の一変数代数関数体の場合には以下が成り立つ.

(定理)
 C 上の一変数代数関数体  K= \mathbb{C} (x) の因子  A に対して,

\displaystyle \qquad \mathrm{dim}_C \mathcal{L} (A) \leq 1 + \mathrm{deg} (A)
となる.

重要なのは,ここで等号が成り立つとは限らないところである.そこで, \mathrm{dim}_C \mathcal{L} (A) 1 + \mathrm{deg} (A) の差の最大値を種数と呼ぶのである.

(定義)
一変数代数関数体  K種数  g を以下で定義する.

\displaystyle \qquad g:=\mathrm{max} (1 + \mathrm{deg} (A) - \mathrm{dim}_C \mathcal{L} (A) )

例えば,有理関数体の種数が  0 である.種数  1 の場合はおおむね楕円関数体に対応する.

このあたりから,代数関数体の理論の本論が始まっていく.リーマン・ロッホ空間の次元が一般には分からないことから,

 \qquad\bullet いつ  \mathrm{dim}_L \mathcal{L} (A) = 1 + \mathrm{deg} (A) となるか(or ならないか)

が問題になる.これが解決できた場合には,

 \qquad\bullet  \mathcal{L} (A) を具体的に求めよ.(例えば基底を求める)

なども重要な問題となる.また,一変数代数関数体の有限次拡大も一変数代数関数体となるため,拡大でどのような変化が起こるかが問題になる.つまり,

 \qquad\bullet 有限次拡大で付値がどのように変化するか

というのも問題となってくる.もし代数関数体の本を読む場合,今回紹介した有理関数体で成り立つ性質が一変数代数関数体で成り立つこと(例えば,リーマン・ロッホ空間が有限次元など)が説明されるだろう.つまり,

 \qquad \bullet 有理関数体で成り立つことが一変数代数関数体でも成り立つか

というのが代数関数体の理論の本の最初で説明されていることである.

以上のことを念頭におけば,代数関数体の本を読む上で何をしたいかというのが,かなりイメージできるのかと思う.