記号の世界ゟ

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微分環と双対数

微分環は、環の構造に加えて微分を考えているものでした。双対数を用いると、微分環は単なる環の議論に言い換えることができるということを知りました。けっこう感動したので、まとめておこうと思います。

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今回の記事では、1を持つ可換環を環と呼ぶことにします。

双対数の定義


Rの双対数 R [\epsilon]とは、z = a + b \epsilon ,\, a ,\, b \in Rの集まりで\epsilon^2 = 0となるように演算を定めた環のことです。双対数といいつつ環であることに注意。具体的に演算を計算すると、
 \displaystyle
\begin{align*}
&(a_1+b_1\epsilon) + (a_2 + b_2 \epsilon) = a_1 + a_2 + (b_1 + b_2) \epsilon\\
&(a_1+b_1\epsilon) \cdot (a_2 + b_2 \epsilon) = a_1 a_2 + (a_1 b_2 + a_2 b_1) \epsilon + b_1 b_2 \epsilon^2 =   a_1 a_2 + (a_1 b_2 + a_2 b_1) \epsilon
\end{align*}

となります。厳密に双対数を定義するには、多項式環 R[X] イデアル (X^2)で割ったもの、 R[\epsilon] := R[X]/(X^2) とすれば良いでしょう。


双対数は英語では dual number と言います。定義が似ているのは複素数ですね。Rを実数の集合として、 z = a + biの集まりでi^2 = -1と演算を入れたものが複素数でした。
複素数 \mathbb{C} = \mathbb{R} [X ] / (X^2 + 1)と厳密に定義ができます。


環の元aが可逆元であるとは、a a^{-1} = 1となる元 a^{-1}が存在することでした。つまり、aで割ることができるということです。後の議論で使う、以下の補題を覚えておいてください。

補題
以下は同値である。
(1)  a + b\epsilon \in R[ \epsilon ]が可逆元。
(2)  a \in Rが可逆元。

実際、
 { \displaystyle
(a+b \epsilon)^{-1} = \frac{1}{a} - \frac{b}{a^2} \epsilon
}
の関係がすぐに分かります。

微分環と双対数


さて、微分環と双対数の関係を考えます。
R微分環であるとは、写像D:R \to Rが存在して、
(1) D(a+b) = D(a) + D(b)
(2) D(ab) = D(a) b + a D(b)ライプニッツ則)
が成り立つことを言うのでした。
このとき、DR微分と言います。


ここからが面白いところです。実は、微分の条件は双対数の環の準同型の条件と同値なのです。

補題
Rを環、R[\epsilon]はその双対数、D:R\to R写像とします。以下は同値である。
(1) D: R \to R微分である。
(2)  a \mapsto a + D(a) \epsilonで定義された写像F_D : R \to R [\epsilon] が環の準同型である

特に、F_Dの積に関して準同型であるという条件を見てみると、
{\displaystyle
F_D(a b)= F_D (a) F_D(b)
}
つまり、
 \displaystyle
ab + D(ab)\epsilon=  (a +D(a) \epsilon) (b + D(b) \epsilon)
さらに、
 \displaystyle
ab + D(a b) \epsilon =  ab +(D(a) b + a D(b))\epsilon
となるので、F_Dが積に関して準同型であることと、Dライプニッツ即を満たすことが同値であることが分かります。他の条件は簡単に分かります。


このように微分と双対数は深い関係があるのです。上の補題以外にも、微分と双対数を結びつける考え方があります。それを使って微分係数を計算するテクニックがあるそうです。双対数はたかだか多項式の計算をするだけで、極限の操作がないことが効いているようです。今回は関係がないのでこれ以上は述べませんが、双対数か二重数で調べると出てくると思います。

双対数の応用:微分を商環に拡張する

さて、以上のことを応用してみましょう。
微分 Rの積閉集合Qによる商環 Q^{-1}R に、R微分を拡張するということを考えます。簡単に言うと、商環とはQの元を可逆元にした環のことでした。Q = \{1 ,\, x ,\, x^2 ,\, \dots \}と定義すると、 Q^{-1}Rではxが可逆元になります。Rが整域の時は、Q = R\backslash \{ 0 \} と取ることができ、Q^{-1}Rでは0以外の元が可逆元になります。つまり、体になります。これをRの商体と言うのでした。


さて、以下の簡単な補題に注意しましょう。

補題
環の準同型 f: R_1 \to R_2R_1の積閉集合Qがあるとする。
任意の  q \in Qf(q)\in R_2が単元なら、fQ^{-1} R_1から  R_2への環の準同型 \bar{f}に一意に拡張できる。

これは、\displaystyle \bar{f}( \frac{p}{q}) = \frac{f(p)}{f(q)}の関係に注意すればすぐに分かります。


さて、RD微分に持つ微分環とします。上の補題を用いて、Q^{-1} R微分を拡張することを考えましょう。微分を拡張するとは、Q^{-1}R微分が定義でき、そのRへの制限がDと一致することを言います。

補題2のように定義した F_D : R \to R[\epsilon] と自然な単射 R[\epsilon] \to Q^{-1} R [\epsilon ] の合成をG: R \to Q^{-1} [\epsilon]とします。つまり、G(p) = (p/1) + (D(p)/1) \epsilonです。q \in Qに対して q/1  \in Q^{-1} Rは単元なので、補題1と3によりGは環の準同型\bar{G}: Q^{-1} R \to Q^{-1} R [ \epsilon ]に拡張できます。ある関数E:Q^{-1} R \to Q^{-1} R が存在して\bar{G} (a) = a + E(a) \epsilon となる形になっているので、補題2により微分Dの拡張E:Q^{-1} R \to Q^{-1} Rが一意に定まることがわかりました。


どのように拡張されるかは補題(の下に書いた式)から計算できる。実際、補題1より
\displaystyle
\left(\frac{q}{1} + \frac{D(q)}{1}  \epsilon \right)^{-1} = \frac{1}{q} - \frac{D(q)}{q^2} \epsilon

なので、
 {\displaystyle 
\begin{align*}
\bar{G} \left(\frac{p}{q} \right) &= \left( \frac{p}{1} + \frac{D(p)}{1} \epsilon \right) \left( \frac{1}{q} - \frac{D(q)}{q^2} \epsilon \right) \\
&= \frac{p}{q} + \frac{D(p) q - p D(q)}{q^2} \epsilon 
\end{align*}
}

となり、Q^{-1} R微分が、
 {\displaystyle
E = \frac{D(p) q - p D(q)}{q^2}
}

と(通常のように)定義できることがわかる。

この結果を用いると、整域の商体に微分が拡張できることがわかる。この証明の面白いところは、商の微分の公式が、双対数の逆元の公式から来ていることが分かるところです。商の微分で分母が2乗されることの解釈が得られたと言えるでしょう。


参考文献
A. R. Magid, Lectures on Differential Galois Theory.
実は、このMagidの本の読書メモを書こうとしてたのですが、長くなりそうなので止めました。今回の内容は、その時に書きかけていたものを、独立して記事にしたものです。