記号の世界ゟ

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可積分理論入門(イントロダクション)

「可積分理論入門」というタイトルではありますが,自分で勉強しつつ,勉強したことをまとめておこうというのが,この記事のモチベーションです.それでは,始まり始まり.

可積分系とは何か

おそらく,可積分は定義がはっきりとは決まっていないと思います.古典的にはLiouville可積分という概念があり,これにははっきりとした定義があります.Liouville可積分とは簡単に言えば,十分な個数の保存量があることです.可積分と呼ばれるものには,Liouville可積分のように多くの保存量を持つものもありますが,そのことが可積分とみなされる十分条件ではなさそうですし,ハミルトン系でないものや微分方程式でないものもあるので,厳密に定義するのは原理的に難しそうです.

私は可積分系の専門化ではないですが,そのぶん気楽に語ることができるので,このブログでは以下のものを可積分系と捉えることにします.
「(一般には解けない問題のクラスの中で,)解の何らかの構造が記述できるもの」
この定義は一般に考えられている可積分系より少し広い定義になっていると思います.面白いのは,異なる可積分系同士で,構造を記述する方法が同じであることが頻繁にあるということです.方法のレベルで全然違う分野,例えば,微分方程式整数論などが関係したりするのです.
可積分系の構造を記述する方法」
の研究を「可積分理論」と呼ぶことにしましょう.

本ブログのこの連載では,構造を記述する様々な方法を少しずつ学びながら,具体的な可積分系が理解できることを目指します.微積分や線形代数を前提知識としますが,分からなくても雰囲気は伝わるように書いていこうと思います.

残りでは,可積分系の一つの例としてKdVを扱います.線形微分方程式は一般に解ける方程式なので,本記事の可積分の定義を満たしません.一方,非線形の方程式はほとんどの場合,解の構造が複雑すぎるので,やはり可積分ではありません.KdV方程式は非線形の方程式であるものの,解を得る面白い方法があります.

KdV方程式

積分な方程式の例としてKdV方程式を考えましょう.KdV方程式は
 \displaystyle
\qquad u_t + 6u u_x + u_{xxx} = 0
という式です.ここで,u_t u tによる偏微分 u_xxによる偏微分を表します.

この方程式は偏微分方程式なので,一般には解を求めることは難しいはずです.しかし,あるアルゴリズムによりソリトン解と呼ばれる解
\displaystyle
\qquad u(x, t) = 2 \lambda_0^2 \mathrm{sech}^2(\lambda_0 x - 4 \lambda_0^3 t)
を得ることができます.ここで  \lambda_0は任意の実数です.

以下では,このアルゴリズムについて少し詳しく説明します.少しだけややこしいので,それほど気にならない方は,KdV方程式が可積分なものの例であるということだけ覚えてもらって,まとめまで飛んでください.

Darboux変換

KdV方程式を解くときに用いられるDarboux変換をまず説明します.Darbouxは"ダルブー"と読みます.

シュレディンガー方程式*1と呼ばれる以下の方程式を考えます.
 \displaystyle
\qquad -\phi_{xx} - u \phi = E \phi \qquad \text{(S)}
ここで, u xの関数でポテンシャルと呼ばれます. Eは実数でスペクトルと呼ばれます.つまり,関数  uと実数  Eが与えられたときの  \phiに対する方程式が(S)です.

ここで, u E = E_0に対して,解 \phi = fが求まったとしましょう.つまり,
 \displaystyle
\qquad -f_{xx} - u f = E_0 f \qquad \text{(S)}
が成り立っているとします.このとき,以下の変換をDarboux変換と言います.
 \displaystyle
\qquad \bar{u} = u + 2(\log f)_{xx}, \qquad \bar{\phi} = \phi_x - (\log f)_x \phi
 u, \phi, Eが(S)を満たすとき, \bar{u}, \bar{\phi}, E
 \displaystyle
\qquad -\bar{\phi}_{xx} - \bar{u} \bar{\phi} = E \bar{\phi}
を満たし,やはりシュレディンガー方程式を満たします.(証明は最後にある付録を参照せよ.)つまり,ポテンシャル  u,エネルギー  Eに対するシュレディンガー方程式の解  \phiは,別のポテンシャル  \bar{u}で同じエネルギー Eに対する方程式の解  \bar{u}に変換することができます.

KdV方程式とLax pair

シュレディンガー方程式 xに関する常微分方程式でしたが, t微分に関する方程式も加えた以下の連立偏微分方程式を考えます.
 \displaystyle
\qquad -\phi_{xx} - u \phi = E \phi \qquad \text{(L1)}
 
\qquad \phi_{t} = - 4 \phi_{xxx} - 6u \phi_x - 3 u_x \phi \qquad \text{(L2)}
この形でもいいのですが,(L2)には xに関する3回微分が含まれているので,(L1)を用いて簡単にした
 
\qquad \phi_{t} = u_x \phi + (4 E - 2u) \phi_x \qquad \text{(L2)}
を考えてもいいです.( 式番号を(L2)以外に付け替えるべきですが,区別しなくても特に困らないので(L2)をどちらと捉えてもいいです.)

(L1)と(L2)の連立方程式を(L)で表すことにします.連立方程式が解を持つためには,両立条件と呼ばれる条件を満たす必要があります.方程式(L)の場合は

\qquad (\phi_{xx})_t = (\phi_t)_{xx}
が条件です.この条件を計算すると,なんと,
 \displaystyle
\qquad  u_t + 6u u_x + u_{xxx} = 0
と同値になります.(証明は最後にある付録を参照せよ.)つまり,(L)の両立条件はKdV方程式になるのです.

メモ
(L)は  u Eに対して定まる  \phiの方程式で,解を持つのは uがKdV方程式を満たすことと同値.

(L)をKdV方程式のLax pairという.

さて,(L)に関してもDarboux変換を考えましょう.つまり, u E = E_0に対して  \phi = fが(L)を満たしているとします.
 \displaystyle
\qquad -f_{xx} - u f = E_0 f
 
\qquad f_{t} = u_x f + (4 E_0 - 2u) f_x
この  fを用いて定義されるDarboux変換を
\displaystyle
\qquad \bar{u} = u + 2(\log f)_{xx}, \qquad \bar{\phi} = \phi_x - (\log f)_x \phi
とします.(上で導入したのと同じですが,f xだけでなく  tの関数となっていることに注意.)すると,当然 \bar{u}, \bar{\phi}, Eは(L1)
 \displaystyle
\qquad -\bar{\phi}_{xx} - \bar{u} \bar{\phi} = E \bar{\phi}
を満たしますが,さらに,(L2)
 
\qquad \bar{\phi}_{t} = \bar{u}_x \bar{\phi} + (4 E - 2\bar{u}) \bar{\phi}_x
も満たすことが計算により分かります.(これは少し大変なのでまだ確かめてません.)つまり,(L)にDarboux変換することで異なる \bar{u}, \bar{\phi}に関する方程式(L)が得られます.

以上を使うと非常に不思議なことが出来ます.
(L)を満たす  (u,\phi)があったとします.(このとき, uはKdV方程式の解になります.)これをDarboux変換すると,(L)を満たす  \bar{u}, \bar{\phi}が得られます.(L)が解 \phi を持つということは両立条件を満たすということなので,\bar{u}はKdV方程式の解になります.この  \bar{u}, \bar{\phi}に再びDarboux変換をすると新しい(L)が得られますが,これからさらに新たなKdV方程式の解が得られます.これを繰り返すことで,KdV方程式の解をいくらでも生成することが出来ます.

応用例

さて,元の問題に戻って,KdV方程式の解を求めてみましょう.まずKdV方程式は
\displaystyle
\qquad  u_t + 6u u_x + u_{xxx} = 0
でした.これは自明な解 u_0 = 0を持ちます.すると,この  u = u_0 = 0と適当な実数  E = E_0で定まる式(L)
 \displaystyle
\qquad -\phi_{xx} = E_0 \phi \qquad \text{(L1)}
 
\qquad \phi_{t} = 4 E_0  \phi_x \qquad \text{(L2)}
は両立条件を満たすので,解を持ちます.便宜上  E_0は負の実数とし, \lambda_0^2 = -E_0を満たす  \lambda_0をとる.すると,
\displaystyle
\qquad C_1 e^{\lambda_0x - 4 \lambda_0^3 t} + C_2 e^{-(\lambda_0 x - 4 \lambda_0^3 t)}
が解になっています.特に, C_1 = C_2 = 1/2としたものを解  fとしてとります.
\displaystyle
\qquad  f = e^{\lambda_0x - 4 \lambda_0^3 t}/2 + e^{-(\lambda_0 x - 4 \lambda_0^3 t)}/2 = \mathrm{cosh} (\lambda_0x - 4 \lambda_0^3 t)
をとります.この  fを用いて  u_0をDarboux変換すると

\qquad u_1 = 0 + 2(log f)_{xx} = 2 \lambda_0 \{ \mathrm{tanh}(\lambda_0x - 4 \lambda_0^3 t) \}_x = 2\lambda_0^2 \mathrm{sech}^2 (\lambda_0x - 4 \lambda_0^3 t)
となります.これは両立条件つまりKdVを満たします.このようにKdV方程式の解が得られました.この解をソリトン解と言います.さらにDarboux変換を繰り返すとたくさんのKdV方程式を得ることが出来ます.

以下はソリトン解の  t = -5 \sim 5秒での動きをプロットした図です.緑,赤,青の順に  \lambda_0 = 1, 1.5, 2としています. \lambdaが大きいほど,波は大きく速度が速いことが分かります.
f:id:tetobourbaki:20180207105906g:plain

まとめ

今回は可積分系の例としてKdV方程式を取り上げました.KdV方程式は非線形な方程式にも関わらず,解を次々に生み出すアルゴリズムがありました.この仕組みはAKNS系と呼ばれる方程式が持つ特徴です.今後,AKNS系を取り上げることもあると思います.KdV方程式は他にも面白い構造が知られています.

この連載では,構造を記述する方法を説明していきます.数の分割,qアナローグ,Lie代数,対称性と作用素などを扱う予定です.

最後に,本稿を書く上で,

Gu et al., "Darboux Transformations in Integrable Systems Theory and their Applications to Geometry"

を参考にしました.AKNS系に興味を持った方はこの本を参考にしてください.AKNS系の微分ガロア群がDarboux変換でどのように変わるかを調べた最近の論文

Morales-ruiz et al, "Differential Galois theory and Darboux transformations for integrable systems"

も参考になるかもしれません.

続き
tetobourbaki.hatenablog.com




付録

命題
 u, \phi, E, f , E_0
 \displaystyle
\qquad - \phi_{xx} - u \phi = E \phi
 \displaystyle
 \qquad - f_{xx} - u f = E_0 f
を満たすとき,

\qquad \bar{u} = u + 2 (\log f )_{xx}, \quad \bar{\phi} = \phi_x - (\log f )_x \phi
で定まる  \bar{u}, \bar{\phi}

\qquad - \bar{\phi}_{xx} - \bar{u} \bar{\phi} = E \bar{\phi}
を満たす.
証明.
 \bar{\phi}_{xx} + \bar{u}\bar{\phi} + E\bar{\phi} = 0 を示す.一つずつ項を計算します.
\displaystyle
\qquad \bar{\phi}_x = \phi_{xx} - (\log f)_{xx} \phi - (\log f)_x \phi_x \\
\quad \qquad = - (u+E)\phi - (\log f)_{xx} \phi - (\log f)_x \phi_{x}
 \displaystyle
\qquad \bar{\phi}_{xx} = -u_x \phi - (u+E)\phi_{x} - (\log f)_{xxx} \phi -2 (\log f)_{xx} \phi_x - (\log f)_x \phi_{xx} \\
\quad \qquad = -u_x \phi - (u+E) \phi_x - (\log f)_{xxx} \phi - 2 (\log f)_{xx} \phi_x + (\log f)_x (u + E) \phi
 \displaystyle
\qquad \bar{u} \bar{\phi} =  u \phi_x + 2(\log f )_{xx} \phi_x - (\log f)_x u \phi - 2 (\log f)_{xx} (\log f)_x \phi
 \displaystyle
\qquad E \bar{\phi} = E \phi_x - (\log f)_x E \phi
なので,
 \displaystyle
\qquad \bar{\phi}_{xx} + \bar{u}\bar{\phi} + E\bar{\phi} = - u_x \phi - (\log f)_{xxx} \phi - 2 (\log f)_{xx} (\log f)_x \phi
ここで,
 \displaystyle
\qquad (\log f)_{xx} = \left( \frac{f_x}{f} \right)_x = \frac{f_{xx} f - f_x^2}{f^2} = -u -E_0 - \{ (\log f)_x \}^2
 \displaystyle
\qquad (\log f)_{xxx} = -u_x - 2 (\log f)_x (\log f)_{xx}
となるので,
 \displaystyle
\qquad \bar{\phi}_{xx} + \bar{u}\bar{\phi} + E\bar{\phi} = 0
が分かった. \square

命題
式(L)
 \displaystyle
\qquad -\phi_{xx} - u \phi = E \phi \qquad \text{(L1)}
 
\qquad \phi_{t} = u_x \phi + (4 E - 2u) \phi_x \qquad \text{(L2)}
の両立条件は

\qquad u_t+ 6 u u_x + u_{xxx} = 0
である.
証明.
まず, (\phi_{xx})_tを計算する.
 \displaystyle
\qquad (\phi_{xx} )_t = (-u\phi - E \phi)_t \\
\qquad \qquad = -u_t \phi - (u+E) \phi_t \\
\qquad \qquad = -u_t \phi - (u + E) \phi_t \\
\qquad \qquad = -u_t \phi - (u + E) \{u_x \phi + (4E - 2u) \phi_x \} \\
\qquad \qquad =(-u_t - u u_x - Eu_x) \phi - (u+E) (4E - 2u) \phi_x
次に, (\phi_t)_{xx}を計算する.
 \displaystyle
\qquad (\phi_t)_x = u_{xx} \phi + u_x \phi_x - 2u_x \phi_x + (4E - 2u) \phi_{xx} \\
\qquad \qquad =u_{xx} \phi - u_x \phi_x - (4E-2u)(u+E) \phi\\
\qquad \qquad = \{ u_{xx} \phi - (4E-2u) (u+E) \phi \} - u_x \phi_x
 \displaystyle
\qquad (\phi_t)_{xx} = u_{xxx} \phi + u_{xx} \phi_{x} + (4u u_x - 2Eu_x) \phi - (4E-2u) (u+E) \phi_x - u_{xx} \phi_x - u_x \phi_{xx} \\
\qquad \qquad =u_{xxx} \phi + (4u u_x - 2Eu_x) \phi - (4E-2u) (u+E) \phi_x  +u_x (u+E) \phi \\
\qquad \qquad = \{ u_{xxx} + 5u u_x - Eu_x \} \phi - (4E - 2u) (u + E) \phi_x
となる.
よって,
 \displaystyle
\qquad (\phi_{xx})_t - (\phi_t)_{xx} = (u_{xxx} + 5 u u_x + u_t + u u_x) \phi  = (u_t + 6uu_x + u_{xxx} ) \phi
この式が任意の \phi 0になることは
 \displaystyle
\qquad u_t + 6uu_x + u_{xxx} = 0
と同値である. \square

*1:シュレディンガー方程式と呼ばれる式はいくつかあります.これは 1次元線形シュレディンガー方程式とも呼ばれます.