記号の世界ゟ

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q類似とテイラー展開(可積分系入門)

今回は q類似を導入して,多項式テイラー展開 q類似を解説します.

(一応,以下の記事の続きですが,この記事だけで独立して読むことができます.)
tetobourbaki.hatenablog.com

q類似とは

 q 1以外の実数としておきます. q 類似とは何らかの数学的対象の類似物です.例えば,「XはYの  q類似である」というのは,「Xは qを含む式であり,q1に近づけるとXはYになる」ことを意味します。Yにパラメータ qを入れて, q = 1のときがYで,Yを q \neq 1以外のときにも一般化したものだと思ってもいいでしょう。

例として,導関数 q類似を考えましょう.まず, f導関数
\displaystyle
\qquad f'(x) = \lim_{h \to 0} \frac{f(x+h) - f(x)}{h} =  \lim_{h \to 0} \frac{f(x+h) - f(x)}{(x+h) - x}
と定義されました.そこで, q類似を
\displaystyle
\qquad D_q f(x) =  \frac{f(qx) - f(x)}{(q-1)x} = \frac{f(qx) - f(x)}{qx - x}
と定義します. D_q f(x) f(x) q導関数と言います. f(x)微分可能なとき,
 \displaystyle
f'(x) = \lim_{q \to 1} D_q f(x)
が成り立つことが分かります.言い忘れていましたが,一つのものの q類似を何通りも考えることができますが,面白いのはだいたい一つになるようです.

以下の公式は簡単に示すことができます.

 q導関数の公式
 f, gを関数とする.以下が成り立つ.
 \displaystyle
\qquad D_q (f(x) + g(x) ) =  D_q f(x) + D_q g(x)
 \displaystyle
\qquad D_q (f(x)g(x) ) = f(x) D_q g(x) +  D_q f(x) g(qx)
ライプニッツ則に対応するものが微妙に非対称ですが, q 1に近づけると普通のライプニッツ則になるのでこれ自体もライプニッツ則の  q類似になっています.

 q導関数の分母と分子に注目すると,新たに記号を用意すると良いことが分かります. f q差分
 \displaystyle
\qquad d_q f (x) = f(qx) - f(x)
と定義します.すると
 \displaystyle
\qquad D_q f(x) = \frac{d_q f (x)}{d_q x}
と書くことができます.

様々なq類似

さて,今回の目標はテイラー展開です.テイラー展開
 \displaystyle
\qquad f(x) = \sum_{n=0}^{\infty} f^{(n)} (a)\frac{(x-a)^n}{n!}
 q類似を考えましょう.そのためにはテイラー展開に現れるものの  q類似を考えることが必要です. q導関数はすでに考えたので,階乗  n! q類似が必要です.これだけでも不十分で, (x-a)^n q類似も考えないといけないということが分かります.

まず階乗を考えます.しかしそのためには整数  n q類似を考える必要があります. そのヒントとして, (x^n)' = n x^{n-1}q類似ではどうなるかを見てみます.
 \displaystyle 
\qquad D_q x^n = \frac{(qx)^n - x^n}{(q -1) x} = \frac{q^n - 1}{q - 1} x^{n-1}
この式を参考にして,整数  n q類似を
 \displaystyle
\qquad [n]_q = \frac{q^n - 1}{q - 1} = q^{n-1} + q^{n-2} + \dots + q + 1
と定義します. \lim_{q \to 1} [n ]_q = n となるのでこれでいいでしょう.これを使えば,階乗の  q類似は
 \displaystyle
\qquad [ n ]_q ! = 
\left\{ 
\begin{matrix}
1 & \text{if} &n = 0 \\
[n ]_q \times [n-1 ]_q \times \dots [1 ]_q & \text{if}& n = 1,2, \dots
\end{matrix}
\right.
と定めることができます.

さて,次は  (x-a)^nについて考えましょう.このままでも良さそうな気がするので,どうしてこれの  q類似まで考える必要があるのかを説明します.まず, D_q x^n = [n ]_q x^{n-1} が成り立つのでした.(そうなるように整数の  q類似を定義した.)なので, D_q (x-a)^n = [n ]_q (x-a)^{n-1} が成り立つことを期待するのですが,一般には成り立ちません.成り立たないことを,具体例 (x-1)^2で見ましょう.
 \displaystyle
\qquad D_q (x - 1)^2 - [2]_q (x-1) =  D_q (x^2 - 2x - 1) - [2]_q (x-1) \\
\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \quad = D_q x^2 - 2 D_q x - [2]_q x+ [2 ]_q \\
\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \quad = [2 ]_q x - 2 [1]_q - [2]_q x+ [2 ]_q \\
\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \quad =  - 2 + \frac{q^2 - 1}{q - 1} \\
\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \quad =  q -1 \\ 
\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \quad \neq 0
このようになってしまいます.そこで,天下り的ですが, (x-a)^n q類似を
 \displaystyle
\qquad (x-a)^n_q = 
\left\{ 
\begin{matrix}
1 & \text{if} &n = 0 \\
(x-a) \times (x-qa) \times \dots (x-q^{n-1}a) & \text{if}& n = 1,2, \dots
\end{matrix}
\right.
と定義しましょう.このとき,以下が成り立ちます.

命題
 n \geq 1に対して,
 \displaystyle
\qquad D_q (x-a)_q^n = [ n]_q (x - a )_q^{n-1}
証明.数学的帰納法で示す. n = 1で成り立つのは明らか.
 n = kで成り立つと仮定する. (x - a)_q^{k+1} = (x-a)_q^{k}  (x - q^ka)  q微分すると,ライプニッツ則により,
 \displaystyle
\qquad D_q (x - a)_q^{k+1} = (x-a)_q^{k}  D_q (x - q^ka) + D_q (q-a)_q^{k}  (qx - q^k a) \\
\qquad \qquad \qquad \quad  = (x-a)_q^{k} +  [ k]_q (x - a )_q^{k-1} q(x - q^{k-1} a) \\
\qquad \qquad \qquad \quad   =  (x-a)_q^{k} +  q[ k]_q (x - a )_q^{k}\\
\qquad \qquad \qquad \quad   = (1 +  q[ k]_q) (x - a )_q^{k}\\
\qquad \qquad \qquad \quad   = (x - a )_q^{k+1}\\
よって証明が終わった. \square

多項式テイラー展開

さて,テイラー展開 q類似を証明しよう.証明するには以下の重要な定理を示せばよい.(これは普通の多項式テイラー展開の証明にも使える.)

定理
 a複素数 D多項式の線形写像とする.
また,多項式の列  \{P_0 (x), P_1 (x) , P_2 (x), \dots, \}は以下を満たすとする:
(a)  P_0 (x) = 1かつ  P_k (a) = 0 ( k \geq 1)
(b)  \mathrm{deg} P_k = k
(c)  DP_k (x) = P_{k-1} (x) ( k \geq 1) かつ  D(1) = 0
このとき,任意の N多項式  f(x)に対して,以下のテイラー展開の公式が成り立つ:
 \displaystyle
\quad f(x) = \sum_{n=0}^N (D^n f) (a) P_n (x)
証明. V N次以下の多項式がなすベクトル空間とすると,次元は  N+1である.仮定(b)により, \{P_1 (x), \dots, P_N (x) \}は基底を成す.そこで, f(x)
 \displaystyle
\quad f(x) = \sum_{k=0}^N c_k P_k (x)
と書けたとする. x = aとおくと,仮定(a)により c_0 = aとなる. f D n回作用させると,仮定(b)と(c)により,
 \displaystyle
\quad (D^n f) (x) = \sum_{k=n}^N c_k D^n P_k (x) = c_k P_{k-n} (x)
この式に  x = aを代入すると(a)により,

c_n = (D^n f)(a)
を得る.よって定理が証明された. \square

よって,準備が終わった. P_k
 \displaystyle
\quad P_k (x) = \frac{(x- a)_q^k}{ [k ]_q }
とおくと,定理の仮定を満たすことが簡単に分かる.よって,以下を得る.

定理(多項式 qテイラー展開
任意の N多項式  f(x)複素数  a に対して,以下が成り立つ.
 \displaystyle
\quad f(x) = \sum_{n=0}^N (D_q^n f) (a)  \frac{(x- a)_q^n}{ [n ]_q }

まとめ

 q 類似を導入しました.普段見ている様々な公式が  q類似でも成り立つということは,普段見ている世界が  q = 1の場合にすぎないと言うこともできます.次回は,前回考えた整数の分割と q類似が関係しているということを見ていきます.

参考文献
P. Cheng, V. Kac, "Quantum Calculus", Springer