記号の世界ゟ

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AならばBの論理は論理的に難しいのか?


「AならばB」という論理は高校数学で学びますが、具体的な内容になると「BならばA」との混同や対偶との同値性が分からないなど、けっこう難しいものです。
今回は、「AならばB」に関する心理学の話題を紹介します。


数学教育に興味がある人にはぜひ読んでほしいです。


途中で紹介している結果は『進化心理学を学びたいあなたへ』3.2節で論文が引用されているので、気になった方は確認してください。

ウェイソンの選択問題


さっそくですが、ウェイソンの選択課題と呼ばれる以下の問題を考えてみてください。

問題A
カードがあり、片面にアルファベット、片面に数字が書いてるとする。
 ルール: 片面に母音が書かれているならば、もう片面の数字は偶数である
このルールが成り立っているかどうかを確認するには、以下のカードのうちどのカードの裏面を見る必要があるか?
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下に正解を書くので考えてみてください。













正解は
「A」「1」です。
「A」「6」だと思った方も多いと思いますが、これは間違いです。
この正誤に関する解説は、調べれば出るのでここでは説明しません。


実験によると、この問いはだいたい10%程度しか正解する人がいないということが明らかにされています。
これを聞くと、「AならばB」の推論は人間には難しいものであると思われるかもしれません。
しかし、事情はもう少し複雑なのです。

主題内容効果


同じ形式の問題を、2つ連続してお見せします。考えてみてください。
(同じ形式にするため、無理やりカードで問題を作っています。)

問題B
カードがあり、片面にお酒を飲むかどうか、片面に年齢が書いてるとする。
 ルール: お酒を飲むならば、成人でなければいけない
このルールが成り立っているかどうかを確認するには、以下のカードのうちどのカードの裏面を見る必要があるか?
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問題B
カードがあり、噛まれた犬の種類、片面に狂犬病ワクチンをうつかどうかを書いてるとする。
 ルール: 野犬に噛まれたら、ワクチンをうたなければいけない
このルールが成り立っているかどうかを確認するには、以下のカードのうちどのカードの裏面を見る必要があるか?
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問題Bと問題Cは、問題Aと同じ位置のカードが正解のカードです。


問題Aに比べて、問題Bや問題Cの方が分かりやすかったのではないでしょうか?
(問題Aの後なので、分かりやすいのは当たり前ですが、もう一度見返して読み返しても、問題Aより問題Bや問題Cが分かりやすいと感じる方が多いと思います。)


「身近な題材の場合、正答率が上がる」という効果を「主題内容効果」と呼びます。
主題内容効果が生じるとき、正答率は50%~80%になると言われています。
これは、分かりやすさを説明する一つの仮説ですが、身近な話題にも関わらず、正答率が上がらないことがあることも知られています。


今回は別の理由を説明します。

「社会契約」と「予防措置」


問題Bのように、「もし利益を得るならば、そのための必要条件を満たしていなければいけない」という形のルールを「社会契約」と呼びます。
社会契約の選択問題を解くことは、「ルールが破られることを見抜く」=「裏切り者を検知するアルゴリズム」に対応するため、正答率が上がるという仮説があります。
実験により、たしかに社会契約問題は正答率が上がりますが、そうでない問題でも正答率が上がることも知られていました。


問題Cのように、「もし危険が迫ったら、身を守る行動をとらなければいけない」という形のルールを「予防措置」といいます。
予防措置の選択問題を解くことは、身の危険を守ることを意味するため、正答率が上がるという仮説があります。


この社会契約と予防措置が選択問題の正答率が上がる基本的な理由であるという研究があります。
この二つは、恣意的な分類ではありません。


まず、社会契約と予防措置では問題を解くときに働く脳の部位が違うことが知られています。


次に、社会契約が裏切り者を見破る能力に対応し、予防措置が危険予知能力に対応するならば、人の性格によって正答率も変わりそうです。
実際、6因子モデル(HEXACO)による性格分類によって、社会契約と予防措置のルールを違反する傾向の個人差を予測できるそうです。


このように、「AならばB」の推論であっても、その問いの形式によって脳の働き方が違うことが明らかになっているのです。

まとめ


社会契約と予防措置というのは、人間が生き残るうえで有利な思考だからこそ、進化の過程で身についた本能的なものだと考えられています。
よって、「AならばB」の論理であっても、後天的に身につく論理的なものとして捉えては、あまりにも見落としが大きいと思います。
例えば、数学教育でこの視点は大事だと思っています。


今回は、社会契約と予防措置の観点での説明をしました。
心理学の実験として正当なものかどうかを考えるには、もっと細かい表現の問題、例えばルールに「must」が使われているかなど注意しなければいけません。
認知バイアス』という本では、確証バイアスの観点で説明しているので興味があれば読んでみてください。


また、最近のコロナで言えば、「飲食店は20時までしか営業できない」というルールから、「20時前なら飲食店に行っても安全」のように解釈してしまう人がいるようですが、これは社会契約の認知に関する一つの研究になる気がします。

参考文献

進化心理学を学びたいあなたへ』東京大学出版
鈴木宏昭『認知バイアス』Blue Backs