以前、位相空間におけるフィルターの収束やそれを一般化した収束空間についていくつかの記事を書きました.フィルターの収束は位相空間論で非常に便利な道具ですが,そのイメージが湧きにくいことから,フィルターを使った議論を毛嫌いする人が多いと感じます.そこで,今回はフィルターの収束が非常に直感的で簡単であることを説明します.
フィルターの収束は集合の収束
実数直線 を考えましょう. の部分集合の集まりがある点に収束するとはどういうことかを考えます.
例として,部分集合の集まり を考えましょう.これはなんとなく に収束していると見ることが出来そうです.その定式化は色々あるかもしれませんが,ひとまず次のように定義するといいでしょう.
位相空間 とその部分集合の族 に対して, が に収束するとは,
の任意の近傍 に対して,ある集合 が存在して, が成り立つことを言う.
イプシロン-デルタ論法の類似なので,イメージしやすいと思います.
さて,数列には点の順番がありますが,集合族には集合間に順番はありません.なので,単に一般に集合族を考えても数列と同じ意味合いを持たせることができません.そこで,以下の性質を満たす集合族を考えます:
ならば
つまり,集合族から二つの集合をとってきたとき,その二つより小さいものも集合族に入っているということです.数列のように一列になっているわけではありませんが,二つの集合をとってきたときそれより小さいものをとることができると言う意味で,小さい集合を生成していけると言うイメージで順番が定まっている感じです.このような集合族をフィルター基と言います.
集合 のその集合族 がフィルター基であるとは,
ならば
が成り立つことを言う.
さて,集合族の収束はその定義を見れば分かるように小さい集合のみが本質的です.なので,大きい集合を加えても収束は変わらないことが分かります.
例えば, に を加えて, を考えても, も も のみに収束します.
そこで,加えても問題ない集合を全部加えてしまう操作を考えます.
集合 とその集合族 に対して,
となる が存在する
と定める.特に, がフィルター基のとき, を で生成されたフィルターという.
位相空間 とその集合族 に対して, が に収束することと が に収束することが同値.
フィルター基で生成されたフィルターはいくつかの性質を満たすことと同値であり,それを満たす集合族をフィルターと言います.
集合 の集合族 が フィルターであるとは,以下を満たすことを言う:
(a) かつ ならば ;
(b) ならば .
近傍系 もフィルターです.わざわざフィルターを導入した理由は以下の性質が成り立つからです.
位相空間 とフィルター に対して, が に収束することと が同値.特に,フィルター基 が に収束することと が同値.
このように,収束が単に包含関係で表せることは,様々な議論を簡潔で明快なものとしてくれます.
位相空間における収束空間の役割
距離空間では様々な事実を数列で表すことが出来るのでした.
距離空間 に対して以下が成り立つ:
(a) 部分集合 が閉集合であることは,上の数列 が に収束するなら となることと同値;
(b) 部分集合 が開集合であることは,任意の に対して数列 が に収束するならある が存在して に対して となることと同値;
これは一般の位相空間では成り立つとは限りません.しかしフィルターを使えば類似の性質で表現することができます.
位相空間 に対して以下が成り立つ:
(a) 部分集合 が閉集合であることは,フィルター で となるものが に収束するなら となることと同値;
(b) 部分集合 が開集合であることは,任意の に対してフィルター が に収束するならある となることと同値;
このように,フィルターを使えば,距離空間でできたことを位相空間でも同様に議論することができます.詳しくは以下の記事を見てください.
数列とフィルターの違い
数列の代わりとしてフィルターを導入しましたが,数列とフィルターはかなり違うものです.
よく言われる違いの一つとしては,数列は可算性に基づいていることです.数列とは自然数を定義域とする写像と見ることができます.そのため,数列で定義できる概念は可算性が密接に関係します.位相空間論を勉強していると,位相空間における閉集合やコンパクト性が数列で定義できるための条件として可算条件が必要となりますが,それは自然なことです.フィルターはその可算条件とは関係なく一般的に閉集合やコンパクト性を特徴付けることができる利点があり,それが数列との大きな違いです.
もう一つの違いとして,これは個人的に感じていることでありまだ正確に言語化できないのですが,数列の収束とフィルターの収束では"どのような順序概念に基づいて収束するか"が本質的に違うということが挙げられます.これはいくつかの結果から感じることなのですが,その一例として部分列の概念をあげましょう.
数列 の部分列 とは,狭義単調増加列 が存在して, と書けることでした.そのフィルターでの類似は単に自分より細かいフィルターです: つまり,フィルター がフィルター の部分フィルターであるとは , となることです.直感的には"部分列をとる"操作をフィルターで言い換えると"より細かいフィルターをとる"ことと言い換えることができます.すると,様々な点で数列で言えたこととフィルターで言えることに対応が付きます.対応がつくという意味ではこれでいいのですが,フィルターには数列と同じように自然数上の順序に基づいたものではないので,微妙に順序の情報が落ちてしまいます.部分フィルターの概念を数列で再び言い換えるなら,"数列 の部分列 とは,広義単調増加列 が存在して, と書ける"という定義と整合性があります.集合の集積点と数列の集積点が微妙に違うのもフィルターと数列のこのような差と関係したものだと考えています.
よって,可算性だけで数列とフィルターが一致するわけではありません.また,フィルターは数列の一般化というわけではなく微妙に違うものです.現状の僕の理解をまとめると以下のようになります.
- フィルターの収束と数列の収束は全く別の概念である
- 位相空間ではフィルターの収束で様々な概念を定義したり議論したりすることができる.
- 距離空間では"たまたま"数列の収束でも概念を定義したり議論したりすることができる.