記号の世界ゟ

このブログでは, 数学書などの書評を書きます。また、受験などの勉強法をまとめます。

変換群と無限小変換(可積分系入門)

今回は変換群と無限小変換を説明します.
特に,微分の指数 \displaystyle e^{\frac{d}{dx}}が関数の平行移動であることを確認します.これはテイラー展開の意味付けにもなります.

今回の内容は岩波講座 応用数学ソリトンの数理』の1.1節の内容を下敷きにしていることをお断りしておきます.

(この記事は「可積分系入門」の4番目くらいの記事ですが,とりあえずこの記事を公開します.今回の内容と可積分系の関係はこの記事だけでは分からないと思います.この記事は独立に読んでも楽しめるはずです.)

群の公理と変換群


そもそも群の公理がどのように現れたのかを確認しましょう.集合 Xの要素を変換する写像  f\colon X \to Xを考えます.さらに,この写像を集めた集合  Gを考えます.ただし,全ての変換を  Gに入れるのではなく, Gが以下を満たすように写像を集めます.
 (i)  Gには Xの元を動かさない変換  e \in Gがある.つまり, eは全ての  a \in Xに対して  e (a) = aとなる写像である.
 (ii) 変換  f \in Gで動いた元を元どおりに戻す変換  f^{-1} \in Gが存在する.つまり, f^{-1}は全ての  a \in Xに対して  f^{-1} (f (a)) = f ( f^{-1} (a)) = aが成り立つ.
この性質を満たす変換の集合  G Xの変換群と呼ぶことにします.


これだけではあまり意味がありません. Xを忘れて  Gだけを考えていくことにします. Gには写像の合成で積の演算が定まります.つまり, f, g \in Gに対して f \circ g \in Gで演算を定めます.

性質
 (i)  e \in G は全ての  f \in Gに対して, f \circ e = e \circ f = fが成り立つ.
 (ii)  f \in G に対して定まる  f^{-1} \in G f^{-1} \circ f = f \circ f^{-1} = eを満たす.
 (iii)  f,g,h \in Gに対して, (f \circ g) \circ h = f \circ (g \circ h)が成り立つ.

最初の(i), (ii)は上で決めた  Gの性質からすぐに分かります.(iii)は一見要請していないように思えますが,実は変換を考えると自然に成り立つことです.確認しましょう.全ての  a \in Xに対して
 \displaystyle
\quad (f \circ g) \circ h (a) = (f \circ g) (h(a)) = f (g (h(a))) = f ( g \circ h (a)) = f \circ (g \circ h) (a)
が成り立ちます.よって,(iii)が成り立ちます.

逆に,一般に集合  G が与えられたとき,上の (i) - (iii) が成り立つ演算を群と呼びます.

定義
集合  G に対し,演算  a * b \in Gが定まり以下が成り立つものを群と呼ぶ:
 (i) ある元  e \in Gが存在して全ての  f \in Gに対して, f * e = e * f = fが成り立つ.
 (ii)  a \in G に対して,ある a^{-1} \in Gが存在して  a^{-1} * a = a * a^{-1} = eが成り立つ.
 (iii)  a,b,c \in Gに対して, (a * b) * c = a * (b * c)が成り立つ.

一般に考えた群は変換としての意味合いがなくなっていますが,それでも様々な性質が成り立ち重要な数学の対象になります.

変換の集まり(=変換群)をモチベーションとして群を定義しました.逆に,一般の群が与えられたときにこれを変換の集まりと思えるかという問題を考えましょう.ここで群の公理(iii)が意味を持ちます.変換群では必ず(iii)が成り立つので,群を変換の集まりと考えるためには絶対に群の公理(iii)を要請しなければいけないわけです.群を変換だと捉えたものを作用と言います.群自体には変換の意味がないので,少し要請が必要です.

定義
 G Xの作用を定めるとは,任意の  a \in Gに対し写像  a \colon X \to X が定まり以下を満たすことを言う.
 (i) 全ての  x \in Xに対して, e(x) = xが成り立つ
 (ii) 全ての a, b \in G x \in Xに対して,(a*b) (x) = a(b(x))が成り立つ.

 eは群の中では何も変化させないものだと分かっていますが,写像としてもそうあって欲しいので(i)を要請します.(ii)は少し分かりにくいと思います. a bに対して群の演算により新たに  a*bという写像が定まりますが,これは a, bを合成したものと同じであるというのが (ii)の意味です.つまり,群の演算と写像の合成が同じであるということを意味します.


以上をまとめます.変換の集合から変換群という群が定まりました.逆に,群が作用を定めていると,それは変換の集合だと思うことができます.変換の集合から定まる変換群は,その作用を考えると元の集合の変換に戻りますし,逆に,群の作用を考えて変換の集合だと考えてもそれから定義される変換群を考えれば元の群に戻ります.このように,群の公理は,変換の集合の概念と対応づくように代数を定義したものだと考えることができます.

1パラメータ変換群

 Xに作用する群の元がパラメータ付けされているものを考えましょう.実数  s \in \mathbb{R}に対して群の元  T(s) \in Gが定まるとします.実数は和により加群なので,この群の構造と  Gの群の構造に"良い関係"が成り立ってるとします.つまり以下を仮定します.
 \displaystyle
\quad T(0) = e,

\quad T(s+t) = T(s)T(t)
が成り立つとします.このような群を 1パラメータ群と呼びます(もっと厳密な定義が必要なところですが省略します).すると, e = T(s - s) = T(s)T(-s)が成り立つので, T(-s) = T(s)^{-1}が分かります.x \in Xを変換したものが  T(s)xです.実数は連続的に動かすことができるので, s \in \mathbb{R}を動かすと, T(s)xが滑らかに変わっていくのが 1パラメータ変換群のイメージです.

無限小変換

(この節は特に雑な議論をします.厳密にはLie群論の議論が必要です.)
空間 X(厳密には多様体)に作用する 1パラメータ群  Gを考えます. T(s)x微分すると,線形写像  Aを用いて
\displaystyle
\quad \frac{d}{ds}T(s) x = Ax
の用に書けたとします.これは線形の微分方程式なので簡単に解くことができて, T(s)x = e^{As}xとなることが分かります.ここで
 \displaystyle
\quad e^{As} = \sum_{n=0}^{\infty} A^{n} \frac{s^n}{n !}
です.よって, T(s) = e^{As}が分かります.式
\displaystyle
\quad \frac{d}{ds}T(s) x = Ax
1パラメータ変換  T(s)に対する無限小変換といい,Aを無限小変換の生成作用素といいます.以上のことから生成作用素  Aが分かれば,1パラメータ変換 T(s) e^{As}であることが分かります.以下では具体例を通して,この考え方の面白さを見ていきましょう.

回転

具体例を見ていきましょう.空間は2次元ベクトル空間  \mathrm{R}^21パラメータ群は回転
\displaystyle
\quad \theta \mapsto 
\left(
\begin{matrix}
\cos \theta & - \sin \theta \\
\sin \theta & \cos \theta
\end{matrix}
\right)
を考えます. \mathrm{R}^2への作用はもちろん
\displaystyle
\quad 
\left(
\begin{matrix}
x \\
y 
\end{matrix}
\right)
\mapsto
\left(
\begin{matrix}
x(\theta) \\
y(\theta) 
\end{matrix}
\right) =
\left(
\begin{matrix}
\cos \theta & - \sin \theta \\
\sin \theta & \cos \theta
\end{matrix}
\right)
\left(
\begin{matrix}
x \\
y 
\end{matrix}
\right)
です.微分をすれば,
\displaystyle
\quad \frac{d}{d \theta} 
\left(
\begin{matrix}
x(\theta) \\
y(\theta) 
\end{matrix}
\right) =
\left(
\begin{matrix}
0 & - 1 \\
1 & 0
\end{matrix}
\right)
\left(
\begin{matrix}
x (\theta) \\
y (\theta)
\end{matrix}
\right)
なので,無限小変換は
 \displaystyle
A =
\left(
\begin{matrix}
0 & - 1 \\
1 & 0
\end{matrix}
\right)
であることがわかります.実際,
 \displaystyle
\left(
\begin{matrix}
\cos \theta & - \sin \theta \\
\sin \theta & \cos \theta
\end{matrix}
\right)
= e^{
\left(
\begin{matrix}
0 & - 1 \\
1 & 0
\end{matrix}
\right)
\theta
}
= 
\left(
\begin{matrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{matrix}
\right)+ 
\left(
\begin{matrix}
0 & - 1 \\
1 & 0
\end{matrix}
\right) 
\theta + 
\left(
\begin{matrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{matrix}
\right) 
\frac{\theta^2}{2 ! } + \dots
が成り立つことが分かります.

関数の平行移動

最後に関数の平行移動について考えます.まず,空間の  (a,b)方向の平行移動が
\displaystyle
\quad 
\left(
\begin{matrix}
x  \\
y 
\end{matrix}
\right)
\mapsto
\left(
\begin{matrix}
x (s) \\
y (s)
\end{matrix}
\right)
 = 
\left(
\begin{matrix}
x + as \\
y + bs
\end{matrix}
\right)
と定まります.この変換を使えば,関数の変換
 \displaystyle
\quad f(x,y) \mapsto f(s) (x,y) = f(x(s),y(s)) = f(x+as, y + bs)
と定めることができます.これを微分して見ましょう.
 \displaystyle
\quad \frac{d}{d s} f (s) (x,y) =\frac{d}{ds} f(x+as, y + bs)\\

\qquad \qquad \quad = \frac{\partial f}{ \partial x} (x + as, y +bs) a + \frac{\partial f}{ \partial y} (x + as, y +bs) b  \\

\qquad \qquad \quad = a \frac{\partial }{ \partial x} f (x + as, y +bs) + b \frac{\partial }{ \partial y} f (x + as, y +bs)  \\

\qquad \qquad \quad = \left( a \frac{\partial }{ \partial x} + b \frac{\partial }{ \partial y} \right) f(s) (x , y)
よって,無限小変換が
 \displaystyle
 \quad A =  a \frac{\partial }{ \partial x} + b \frac{\partial }{ \partial y}
であることが分かる.よって,この平行移動の  1パラメータ変換群は

\quad e^{ s\left( a \frac{\partial }{ \partial x} + b \frac{\partial }{ \partial y} \right)}
となることが分かります.これの意味が少し分かりずらいかもしれませんが,式
 \displaystyle
\quad f(x + as, y + b s) = f(s) (x,y) = e^{ s \left( a \frac{\partial }{ \partial x} + b \frac{\partial }{ \partial y} \right)} f(x,y)
を考えて見てください.特に, s = 1とした時の式,
 \displaystyle
\quad f(x + a, y + b ) = f(1) (x,y) = e^{ a \frac{\partial }{ \partial x} + b \frac{\partial }{ \partial y} } f(x,y)
の右辺を指数  e^{At}の定義にしたがって計算すれば,これは, f(x+a, y + b) (x,y)を中心にテイラー展開したものであることが分かります。

まとめ

 1パラメータ変換群とその無限小変換を定義しました。平行移動はこれ自体で重要な式なので,自分で計算して納得しておいてください.

微分係数と導関数の違い

高校生で微分係数導関数の違いが分からない人が多いと思います.
今回は微分係数導関数の違いについて解説したいと思います.
ただし,それほど厳密な議論はしないので,ご了承ください.

定義

まずは定義をおさらいしましょう.

定義(微分係数

関数  f(x) x = aにおける微分係数とは
\displaystyle
\quad f'(a) = \lim_{h \to 0} \frac{f(a+h) - f(a)}{h}
のことである.

定義(導関数

関数  f(x)導関数とは
\displaystyle
\quad f'(x) = \lim_{h \to 0} \frac{f(x+h) - f(x)}{h}
のことである.

ほとんど違いがないですね.
結論を言うと,微分係数は接線の傾きでありこれを求めたいのですが,この微分係数を求める関数が導関数です.どうして導関数を考える必要があるのかを理解するために,まずは微分係数を計算していきます.

微分係数の計算


まずは微分係数を実際に計算してみましょう.今回は  f(x) = x^2を考えましょう.


まずは  x=0での微分係数を計算してみましょう.
 \displaystyle
\begin{align}
\quad \lim_{h \to 0} \frac{f(0+h) - f(0)}{h} &= \lim_{h \to 0} \frac{(0+h)^2-0^2}{h} \\
&  =\lim_{h \to 0} \frac{h^2}{h} \\
& =  \lim_{h \to 0} h \\
& = 0
\end{align}
となるので,微分係数 f'(0) = 0となります.


次に  x = 1 での微分係数を計算してみましょう.
 \displaystyle
\begin{align}
\quad \lim_{h \to 0} \frac{f(1+h) - f(1)}{h} &= \lim_{h \to 0} \frac{(1+h)^2- 1^2}{h} \\
&  =\lim_{h \to 0} \frac{2 h + h^2}{h} \\
& =  \lim_{h \to 0} (2+h) \\
& = 2
\end{align}
となるので,微分係数 f'(1) = 2となります.


最後に  x = 2 での微分係数を計算してみましょう.
 \displaystyle
\begin{align}
\quad \lim_{h \to 0} \frac{f(2+h) - f(2)}{h} &= \lim_{h \to 0} \frac{(2+h)^2- 2^2}{h} \\
&  =\lim_{h \to 0} \frac{4 h + h^2}{h} \\
& =  \lim_{h \to 0} (4+h) \\
& = 4
\end{align}
となるので,微分係数 f'(2) = 4となります.

微分係数から導関数

毎回,微分係数を計算するのは大変です.しかし,上の計算のほとんどが同じ計算なので,工夫できないかと考えてみます.
微分係数を求めるときには二つのステップがあります.
(1) どこで微分するか  x = aを決める.
(2) 極限  \displaystyle \lim_{h \to 0} \frac{f(a+h) - f(a)}{h}を計算する.
ここで, x = aを変えるたびに毎回極限を取るのが面倒だったので,先に極限をとってしまってから,あとで  x = aを決めることにしましょう.まず  xのまま微分をとると
 \displaystyle
\begin{align}
\quad \lim_{h \to 0} \frac{f(x+h) - f(x)}{h} &= \lim_{h \to 0} \frac{(x+h)^2-x^2}{h} \\
&  =\lim_{h \to 0} \frac{2 x h+ h^2}{h} \\
& =  \lim_{h \to 0} (2x+h) \\
& = 2x
\end{align}
となります.これが導関数  f'(x) = 2xです.これに, x = 0, 1, 2をそれぞれ代入すると,
 
\quad f'(0) = 0, \quad f'(1) = 2, \quad  f'(2) = 4
となり,上で求めた微分係数を一気に求めることができました.このように,導関数さえ求めてしまえば簡単に微分係数を求めることができます.

まとめ


 x = a での微分係数は, x = aにおける接線の傾きです.つまり微分係数実数です.一方,導関数 x = aを決めれば,そこでの微分係数を返す関数です.


導関数は公式として覚えておけばいいので,微分係数を計算するには導関数に求めたい場所 x=aを代入するだけで済みます.つまり,実際に極限の計算をするのは導関数を求めるときだけなのです.実際の計算で極限を計算する必要がないのはこのためです.


図でまとめると以下のようになるでしょう.ポイントは, x = aの代入と極限をとる操作の順番を変えることです.
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17才からの微分方程式【0-0】数の方程式と関数の方程式

高校生でも分かる微分方程式の説明をしていきます。数IIと数B(特に微分と数列)を前提としますが、大事なことは復習します。また、数IIIや大学の初年度に学ぶこともついでに勉強できるように書いていきます。

高校2年生までに扱ってき方程式は解は実数や複素数など数でした。このような方程式を数の方程式と呼ぶことにしましょう。それに対して、微分方程式は解が関数になっています。

微分方程式を研究する主な理由は以下の二つです。
・物理や化学、工学で調べたい対象が微分方程式の解になっている。
・関数の性質を微分方程式を使って調べる。
この記事ではこの点について説明していきます。

数の方程式


未知の量  x yなどと実数(あるいは複素数)の四則演算を用いて得られる関係式は数の方程式です。例えば、 y^2 + 1 = 0 x+y=1などは数の方程式です。また、 \sin xなどの関数を用いて定義できる方程式も数の方程式です。例えば、 \sin^2 x + \sin x = 0は数の方程式です。 未知の量に代入して成り立つ数が方程式の解です。


そもそも、どうして数の方程式を考えるのでしょうか?それに対する答えとして、「調べたい数が方程式の解になっている」ことと「数の性質を方程式を使って調べる」の2つをあげることができます。これらの事実について確認しましょう。

調べたい数が方程式の解になっている


中学生で勉強するような例で説明しましょう。


ある長方形があるとします。その長方形の面積は  12 \textrm{m}^2だと分かっています。辺の長さは分かっていませんが、直交する二つの辺の長さの差は  4 \textrm{m}であると分かっています。このとき、辺の長さを求めるという問題です。

短い方の辺を  x \, \textrm{m}と置きましょう。すると、もう一つの辺の長さは  x+4 \, \textrm{m}と書けるので、面積の公式から
 
\quad x(x+4) = 12
という方程式が得られます。解くと  x = 2であることが分かります。


この例で大切なことは、求めたい数を文字でおけば、方程式が得られることです。つまり、求めたい数を、方程式という数の関係を通して調べることができます。このように、求めたい数が方程式という関係で与えられているという状況が基本的であり、そのため方程式が必要となるのです。

数の性質を方程式を使って調べる


方程式が与えられれば、その方程式を解くことで求めたい数が分かります。例えば、2次方程式ならば簡単に解けますが、次数が上がるにつれてどんどん難しくなり、5次以上では四則演算や平方根など高校で学ぶような数の表示では解を書くことができないということが知られています(アーベルの定理)。表示が出来なくても近似解を求める方法はいろいろあって、例えば入試問題の題材になることもある「ニュートン法」という手法もありますが、これも万能ではないということが知られています。


しかし、解を完全に求める必要がないということも多いです。解のある性質を知るだけならもっと簡単に出来るのではないでしょうか。例として、2次関数の単元で学ぶことを復習しましょう。方程式
 
\quad x^2 + ax + b = 0
を考えます。 a bは実数とします。このとき、 b <0ならば正の解と負の解があります。逆に, b>0ならば、二つの解が存在すればそれらの符号は同じになります。さらに、 a > 0, b > 0ならば、二つ解があればどちらの解も符号が負になります。(以上のことはグラフを考えれば分かるのでした。)このように、解自体を求めなくても、係数から解の符号は簡単に分ります。


少し発展的な内容になりますが、方程式の解の実部の符号が全て負になるかどうかを調べることは、特に工学で非常に重要な問題です。(この微分方程式の連載の中でも出てくるかも。)この問題の答えは「フルウィッツの安定判別法」として知られています。(wikipedia:ラウス・フルビッツの安定判別法 )大切なことは、解を求めなくても方程式の形から解の性質が分かるというところです。

関数の方程式


次に関数の方程式について考えていきましょう。関数に対しても足し算、引き算、掛け算、割り算を考えることができますが、これだけでは数の方程式と同じことしか起こりません。そこで、関数に対して定義できる他の演算を考える必要があります。その一つが微分なのですが、それよりも身近にある演算があるので、まずはそれを扱いましょう。

差分方程式


関数  f(x)に対して新たに関数  f(x+1)を返す変換を  Sと書くことにします。つまり、 S(f(x)) = f(x+1)です。「 f(x) f(x+1)は同じ  fという関数では?」と思う人もいるかもしれませんが、例えば、 x = 0を代入すると  f(0) f(1)のように違う値を返すので違う関数です。(グラフを考えれば、 f(x)を平行移動したものが f(x+1)なので、グラフが違うことも分かります。)


 Sを2回使った  S(S(f(x) ) )  S(S(f(x) ) ) = f(x+2)となります。 Sをもっと使った式も定義できますが、書くのが大変なので、 n Sを使った式  S(S(\dots S(f(x))\dots) S^n (f(x) )と書きます。 S^n (f(x)) = f(x+n)となります。ついでに、f(x)f(x+1)ではなく  f(x-1)に変換する変換も考えたいところですが、それはS^{-1} (f(x)) = f(x-1)とおきましょう。 S(S^{-1}(f(x) ) ) = f(x)となるので、整合性があります。


さて、この  Sという変換を使った方程式を考えましょう。例えば、
 
\quad S(f(x) ) = f(x) + 1
はどうでしょう。つまり、
 
\quad f(x+1) = f(x) + 1
のことです。ここで、 xの代わりに nを使って、さらに、 f(n) a_nで表すことにすると、もっと見慣れた式、

\quad a_{n+1} = a_n + 1
となることが分かります。気がつきましたか?これは漸化式です。実は、漸化式はこの Sを用いた関数の方程式なのです。もっと複雑な方程式も考えることができます。例えば、
 \displaystyle
\quad S^{3} ( f(x) ) f(x) + f(x)^2 S( (f(x) )^2) - f(x)^5 = 0
とかは難しそうです。 f(x)は調べたい関数、つまり、未知の関数なので、 y で表すことにしましょう。するとこの方程式は
 \displaystyle
\quad S^{3} ( y ) y + y^2 S( y^2) - y^5 = 0
と書くことができます。このように、未知の関数yに対して、関数の四則演算と変換  Sを繰り返し用いることで定義できる方程式を差分方程式と言います。

微分方程式


次に、微分方程式を定義します。微分方程式とは、関数の四則演算と微分を繰り返し用いることで定義できる方程式のことです。ここでいう微分とは関数  f(x)に対して導関数 f'(x)を返す変換のことです。(微分係数を得る操作も微分と呼びますが、それとは違います。)


簡単に微分の性質を整理しておきます。微分では以下の公式が成り立ちます。
 \displaystyle
\quad (i)\, \{a f(x) + bg(x) \}' = a f'(x) + b g'(x) \quad \text{(「線型性」と言います)}\\
\quad (ii)\, \{ f(x) g(x) \}' = f'(x) g(x) + f(x) g'(x) \quad  \text{(「掛け算の微分公式」や「ライプニッツ則」などと言います)}\\
\quad (iii)\, \{ f(g(x) ) \}'  = f' (g(x) ) g'(x) \quad \text{(「合成関数の微分公式」と言います)}
微分方程式を考えるときには、この公式を使うだけで十分であり、微分の定義は忘れてしまっても良いことが多いです。(別の記事で微分について復習します。)


未知の関数を  yとすると、微分方程式として,

\quad y'' + y = 0


\quad y'' = x y
などを考えることができます。

調べたい対象が微分方程式の解になる

さて、微分方程式を研究するモチベーションを説明していきます。
おそらく物理で登場する最も基本的な微分方程式運動方程式

\quad ma = F
です。ここで、 mは質点の質量であり定数です。次に、 aは質点の加速度です。 yで位置を表すことにすると、 yの時間微分  \displaystyle y' = \frac{dy}{dt}が速度であり、さらに微分したもの \displaystyle y'' =  \frac{d^2 y}{dt^2}が加速度です。さらに、 Fは質点にかかる力です。 Fは位置や速度の関数となることが多く、 F(y,y')と書くことにします。すると、運動方程式微分方程式
\displaystyle
\quad m y'' = F(y, y')
と書くことができます。この方程式を解くことで、質点の運動が分かるのです。

いくつかの例を挙げておきましょう。
・自由落下する場合、重力加速度を gとすると、かかる力は  F = -mgで与えられるので、運動方程式

\quad my'' = -mg \quad \mbox{つまり} \quad y'' = -g
となります。
・バネにつながれた点を考えると、kをバネ定数とすると、かかる力は  F = -kyと書けます。なので、運動方程式
 
\quad my'' = -ky
となります。
・最後に、空中を飛んでいる質点の水平方向の運動を考えると、空気抵抗がかかります。空気抵抗は速度に比例して大きくなるので、ある定数 kを用いて、かかる力は  F = -ky'となります。よって、運動方程式

\quad my'' = -k y'
となります。


このように簡単な例を考えるだけでもいろんな種類の微分方程式が得られます。これらの微分方程式を解くことで運動を理解することができます。物理ではもっと複雑な微分方程式が出てきます。また、化学や工学のモデルは微分方程式で記述されていることが多く、微分方程式は研究の基礎です。

微分方程式を使って解を調べる


次に、微分方程式を使って関数の性質を調べることについて例を用いて説明します。数の方程式と同様微分方程式も解を求めることは難しいため、微分方程式から解の性質を調べることが重要になります。以下の説明では \sin x \log xを使いますが、これらの微分については連載で説明します。 f(x),g(x)xの関数とすると、方程式

\quad y'' + f(x) y' + g(x) y  = 0
は線形微分方程式と呼ばれるものになっています。 \sin x \cos xは、 f(x) = 0, g(x) = 1とした方程式

\quad y'' +y = 0
の解となっています。一方、 \log x\displaystyle f(x) = \frac{1}{x}, g(x) = 0とした方程式
 \displaystyle
\quad y'' + \frac{1}{x} y' = 0
の解になっています。この方程式に現れる \displaystyle f(x) = \frac{1}{x} と解  \log xは共に  x = 0では値が定義されないことに注意しましょう。実は、方程式の  f(x), g(x)が定義されない  xと解が定義されない  xにはある関係があるのです。


さらに、 a,b,cを定数として、\displaystyle f(x) = \frac{c - (a+b+1)x}{x(1-x)}, g(x) = \frac{-ab}{x(1-x)}とおいた微分方程式
 \displaystyle
\quad y'' + \frac{c - (a+b+1)x}{x(1-x)} y -  \frac{ab}{x(1-x)}y = 0
を考えましょう。この方程式はガウスの)超幾何微分方程式と呼ばれる方程式です。a = 0, b = -1, c = 1とおくと、 \log xを解に持つ方程式になります。また、 \displaystyle a= \frac{1}{2}, b= \frac{1}{2}, c = \frac{3}{2}とおいた方程式の解を用いると、 \sin x逆関数を書くことができます。他にも、多くの基本的な関数が超幾何微分方程式の解として現れます。


物理に現れる様々な解析において、この超幾何微分方程式が現れます。超幾何微分方程式は性質を完全に知ることができるものの中である意味一番難しい微分方程式です。そのため、この方程式を勉強すれば物理を研究する上で非常に役に立ちますし、逆にこの方程式より難しい方程式は数学の研究対象になります。

おわりに


今回は微分方程式を勉強するモチベーションについて説明しました。次回は微分方程式の用語を説明します。
これから、どんどん記事を充実させていく予定です。ご意見・ご感想があれば、コメント欄に書くかtwitterのLoveブルバキにご連絡くださると嬉しいです。

おまけ


関数に対しては微分の他に  Sという変換がありました。微分 Sの両方を使った方程式は微分差分方程式 と呼ばれます。例えば、

\quad y' +S^2 (y) = y^2
特に、

\quad y' = (y, S^{-1}(y), S^{-2} (y), \dots \text{の関数} )
という形に書ける微分方程式時間遅れをもつ微分方程式と言います。つまり、微分が少し前の値を使って定まります。このような方程式は制御理論なので現れ工学上も非常に重要です。ただし、一般には難しい方程式なので研究も難しいです。

17才からの微分方程式の目次

連載「17才からの微分方程式」の目次です。
このページから全てのページにアクセスできるようにします。
書いていく内容の自分用のメモでもあります。

微分方程式について

数の方程式と関数の方程式

tetobourbaki.hatenablog.com

微分方程式の解とは? (関数の考え方 v.s. 代数的な考え方)

一階の微分方程式

原始関数 (y'=f(x))
指数関数(y' = y)

初期値問題と境界値問題

2階の線形微分方程式

ガウスの超幾何方程式

おまけ

微分係数の定義と意味

新年の抱負2018


2018年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

今年は忙しくなりそうなので、
「趣味を楽しむ余裕を持ちながら、やるべきことをやっていく」
を抱負にします。

さて,今年はブログで色々書いていこうと思っているのですが、書こうと思っている内容を宣言しておこうと思います。


1.「17才からの微分方程式入門」
2.「可積分系入門」
3.「ストークスの定理への道」


ブログの残りでは、それぞれの内容と最後にいま考えていることをちらっと書いておきます。

「17才からの微分方程式入門」


今の大学の微分方程式の授業について前々から不満がありました。
また、数学や物理の研究には微分方程式を前提としているものが多いわけで、微分方程式を勉強していない高校生に研究の面白さを伝えることが根本的に難しいと考えていました。


そこで、全く新しい微分方程式の連載記事を書いていこうと思います。
せっかくなので、高校生にも分かる内容にしようと思っています。
具体的には数IIと数Bで微積分と数列を勉強していれば理解できるものを書きたいと思っています。
(もっと言えば、この連載記事の序盤で数IIIや大学初年度で学ぶことも導入します。)


「全く新しい」と書きましたが、微分方程式の授業で学ぶであろう「求積法」「初期値問題」「定数係数線型方程式」をほとんど扱わないで、他のトピックを中心に解説しようと思います。
それは、これらのトピックが(特に工学などで)最低限身につけるべきことであるものの、面白くはないと感じるからです。
もっと言えば、これらを中心とした授業だと、「非正規形微分方程式」と「境界値問題」が授業で扱われないことになります。
「非正規形微分方程式」には楕円関数が満たす微分方程式があります。
また、常微分方程式で「境界値問題」に触れておくと、偏微分方程式を学ぶ時にも役に立つでしょう。
また、僕は微分ガロア理論を勉強しているので、微分代数の考え方もお見せできればと思います。


「17才からの微分方程式入門」は早速書き始めようと思っています。
2週間に一回の更新を目標にします。
よろしくお願いします。
(お正月からずっと内容を考えていたのですが、正直、高校生が理解でき、さらにすでに学んだ人にも喜んでもらえる内容を考えるのは難しい。とりあえず、高校生に説明することを第一の目標にします。)

可積分系入門」


可積分系はずっと勉強したいと思っている分野です。
日本で研究が盛んであるものの、あまり一般向けの解説がない(それどころか、数学の他の分野の人にあまり理解してもらえてない?)分野だと思います。
そこで、自分なりの理解ではありますが、勉強したことを少しずつ、分かりやすく説明できればと考えています。
この連載は自分の勉強進度に合わせて少しずつ更新していきます。

ストークスの定理への道」


ブルバキの当初の目標はストークスの定理をちゃんと説明した教科書を書くことでした。
そのこともあり(そして定理の美しさもあり)僕の一番好きな定理はストークスの定理です。


そこで、ストークスの定理を自分なりにまとめた文章を作っておきたいというのが、この連載の一番の動機です。
ほぼ書く内容は決まっているのですが、できるだけ図を使って説明したいので、定期的に少しずつ書いていこうと思います。
2ヶ月に一回の更新で、5回か6回で終わらせることを目標にします。

やりたいこと・できること


1年くらい前にツイッターを始めました。
そこで感じたのは、ツイッターを使えば同じ興味関心を持つ人といくらでも繋がれるということです。
本当に凄いと思うのは、ツイッターを通してでないと絶対に出会わなかったであろう人とまで簡単に会話できることです。


一方で、ツイッターではアカデミックに関するくらいニュースが頻繁に流れています。
日本の研究者の環境に対してポジティブな未来像を思い浮かべることは正直難しいです。


でも、アカデミアがいくら栄えていても、その研究の内容が一般の人に興味を持ってもらえなければ、それは全く空虚で意味のないことではないでしょうか。
逆に、アカデミアが死んだとしても、一般の人の中に数学や科学への興味や好奇心を持っている人がいればなんとかなるのではないかとも思います。


そこでまだ漠然とした妄想でしかないのですが、社会でもっと数学や科学を盛り上げることができないかなぁと思っています。
学生や社会人が中心になって数学や科学を楽しめる環境が作れないかなと思います。
そんなことのサポートをしたいというのが最近考えていることです。
(個人的な話をすると僕はもう少しアカデミアで頑張らないといけないのですが)


ただ、ツイッターだけではダメだと思っています。
とりあえず、一つにはブログ、もう一つにはスカイプでのゼミでいろんな人と勉強しながら、妄想をもっと具体化しようと思います。

Zornの補題を使った代数的閉包の存在証明


2017年はZorn補題の便利さが身に沁みた一年でした.
例えば、超越基底の存在はZorn補題で簡単に証明できました.(スカイプで『微分体の理論』を読むゼミをやっていて,そこで勉強しました.)
一方で,雪江『代数学2 環と体とガロア理論』にも書いてあるように,代数的閉包の存在証明にZorn補題を適用するには注意が必要です.
 Kに対して \Sigma:= \{ L \mid L\text{ は } K\text{ の代数的拡大}\}を考えても  \SigmaZorn補題を適用することは出来ません.
なぜなら \Sigmaは集合ではないからです.(集合にしては大きすぎる.)
ところが,足立恒雄先生の本には,Zorn補題でも代数的閉包の存在が証明できると書いてありました.
Zorn補題による証明は簡潔で好きなので,これをまとめようと思います.


集合論を知ってる方や気にせず読める方は2節からお読みください.

集合論の復習


素朴にZorn補題を使おうとすると,集合論的な問題が現れるのでした.
そこで集合論の基本的なことを復習します.


定義. X, Y を集合とする.単射  f \colon X \to Yが存在するときに |X| \leq |Y| と書く.
定義. X, Y を集合とする.全単射  f \colon X \to Yが存在するときに, XYは濃度が等しいといい |X| = |Y| と書く.
定義. X, Y を集合とする. |X| \leq |Y|であるが  |X| = |Y|ではないとき, |X| < |Y|と書く.
定義.集合Xが無限集合であるとは,Xの部分集合で可算無限集合が存在することをいう.
定義.集合Xの部分集合のなす集合を P(X)と表す.
 X \in P(X)ではありますが,単射 X \to P(X) x \mapsto \{x\}で定まるので, X \subset P(X)と考えても問題はありません.


カントールの定理  |X| < |P(X)|は有名なので証明は省略します.


集合の直和 \sqcupと直積  \timesも使いますが,説明は省略します.


可算無限集合 Yに対しては |Y \times Y| = |Y|が成り立ちます.
いわゆる,自然数有理数の大きさ(濃度)が同じという事実の根拠です.
これの証明は省略します.


また,無限集合  Xとその部分集合 Y \subset Xに対して, |Y| < |X|ならば, |X - Y| = |X|が成り立ちます.
つまり,無限集合から真に濃度が小さいものを引いても濃度は変わりません.
直感的に分かるような分からないような命題ですが,証明は少し難しいので省略です.


以下が成り立ちます.

補助定理.1
 Xを無限集合とする.このとき, |Y| \leq |X|ならば, |X \times Y| = |X|である.

(証明) Y  = Xの場合(一番難しい場合)を示せば,一般の場合はすぐにわかる.
よって,Y = Xとする.


ここで以下のような写像の集まりを考えます.
考える写像 fは,ある部分集合 Z \subset Xが存在して,その直積 Z \times Zを定義域に持ち終域が Zとなるものです.
特に, f: Z \times Z \to Z全単射になるものを考えます.
このような写像の集まりを \Sigmaと書くことにします.


ここで  \Sigmaは空でない帰納的順序集合であることが分かります.
まず, Xが無限集合であることから,可算無限な部分集合 Yが存在します.
可算無限集合の性質から全単射  Y \times Y \to Yが存在します.
よって, \Sigmaは空でないです.
次に, \Sigmaの順序 f \leq gを以下のように決めます.
 f \colon Z \times Z \to Z g \colon W \times W \to Wがあったとき, Z \subset Wであり,
 gの制限が  fに一致する,つまり, g|_{Z\times Z} = fとなるときに, f \leq gと定めます.
すると, \Sigma帰納的集合であることは簡単に分かります.
よって,Zorn補題により,\Sigmaには極大元 m\colon M \times M \to Mが存在します.
ここで, M \subset Xに注意.


最後に, |X| = |M|を示します.
これが分かれば, |X \times X| = |M \times M | = |M| = |X|となり,主張が証明出来ます.
背理法で示します.
 |M| < |X|と仮定します.
すると,上で紹介した事実により,|X - M| = |X|となります.
特に, |M| <  |X - M|となるので, X-Mの部分集合 Z |M| = |Z| となるものが存在します.
直和と直積の性質を使うと,

\quad (M \sqcup Z) \times (M \sqcup Z) = (M \times M) \sqcup (M \times Z) \sqcup (Z \times M) \sqcup (Z \times Z)
となります.
一方,全単射  m \colon M\times M \to Mが存在し, |M| = |Z|なので,
 
\quad |(M \times Z) \sqcup (Z \times M) \sqcup (Z \times Z)| = |Z|
が分かります.
つまり,上の等式は,

\quad |(M \sqcup Z) \times (M \sqcup Z)| = |M \sqcup Z|
を意味します.
特に,全単射  n \colon (M \sqcup Z) \times (M \sqcup Z) \to  M \times Z を制限したものが  mとなるように取れることは簡単に分かります.
よって, m < nとなり,これは mの極大性と矛盾します.
つまり, |X| = |M|であることが分かりました. \square

補助定理. 2
集合 Yと集合族  X_{\lambda} (\lambda \in \Lambda)を考える.
このとき,任意の  \lambda \in \Lambdaに対して  |X_{\lambda}| \leq |Y|であれば, |\sqcup_{\lambda \in \Lambda} X_{\lambda} | \leq | \Lambda \times Y|である.

(証明)仮定から任意の  \lambda \in \Lambdaに対して,単射  f_{\lambda} \colon X_{\lambda} \to Y 存在する.
よって,関数  F \colon \sqcup_{\lambda} X_{\lambda} \to \sqcup_{\lambda} YF(\lambda, x) = (\lambda, f_{\lambda} (x))で定めれば, F単射である.
よって, |\sqcup_{\lambda} X_{\lambda}| \leq |\sqcup_{\lambda} Y| = |\Lambda \times Y|が得られた.  \square

代数閉包の存在証明


まず,体論の基本的な結果を復習します.

補助定理. 3
 Kを体, f Kの既約多項式とする.
このとき, K[X]/(f(X))fの根を全て含むKの拡大体であり,K上代数的な元を一つ添加した単拡大である.
(特に代数的拡大である.)

この定理は環論の基本的な結果から導くことができます.


Zorn補題を使うためには以下の補題が重要です.

補題 
Kを無限体, L/Kを代数的拡大とする.
このとき, |L| = |K|が成り立つ.

(証明)まず,K係数のモニックな既約多項式がなす集合を Iとする.
 f \in Iに対して, L_f := \{ a \in L \mid f(a) = 0\}とする.
仮定より, L = \cup_{f \in I} L_fである.
直和の性質から  | \cup_{f \in I} L_f | \leq |\sqcup_{f \in I} L_f| である.
 L_fは有限集合であるから,補助定理1と2により,

\quad  |\sqcup_{f \in I} L_f| \leq |I \times \mathbb{N}| \leq |I|
よって, |L| \leq |I|を得る.


次に,K係数のモニックな多項式n次のもののなす集合を  I_nで表す.
 I = \sqcup_{n \in \mathbb{N}} I_nである.
また,補助定理1により,  |K | = |I_n|である.
よって,補助定理1と2により,

\quad |I| = |\sqcup_{n \in \mathbb{N}} I_n| \leq |\mathbb{N} \times K| \leq |K|
となる.


以上により, |L| \leq |K|を得る.
 |K| \leq |L|は明らかなので,証明が終わった. \square


最後に代数的閉体の存在をZorn補題を用いて証明をしましょう.

定理(シュタイニッツの定理の一部)
無限体 K に対して,その代数的閉包  Lが存在する.

(証明) S = P(K)とおく.
 K \subset Sと考えて良いのであった.


ここで, Kの代数的拡大  E K \subset E \subset Sとなるもののなす集合を \Sigmaと表す.
ここで, Sの部分集合には体の構造が入っていないが,体の構造を入れることが出来るものは体であると考えることにしている.
また,集合として同じ \Sigmaの元でも体の構造が違うものは別のものだと思うことにする.


このとき, \Sigmaは空でない帰納的順序集合である.
まず, K \in\Sigmaなので空ではない.
次に, L_1, L_2 \in \Sigmaに対して, L_2/L_1が体の拡大であるときに, L_1 \leq L_2と定義し順序を定める.
これが帰納的順序であることは簡単に分かる.
よって,Zorn補題により,極大な元 M \in \Sigmaが存在する.


最後に, M Kの代数的閉包であることを示す.
そのためには, M代数的閉体であることを示せば良い.
(ここまでで集合論の準備は一切使っていない.)
 M上既約多項式 fをとる.
補助定理3により, fの根を全て含む代数的拡大体  M' (\supset M)が得られる.
補題により,|M'| = |M|であり,カントールの定理より  |M| < |S|である.
よって, |M'| < |S|となり,単射  \phi \colon M' \to Sが存在する.
特に, \phi (M') \supset Mとなるように取れる.
この像を  M^* := \phi(M')とおく.
全単射 \phi\colon M' \to M^*により  M^*には  M'と同型な体の構造が入る.
 M' Kの代数的拡大なので, K \subset M^* \in Sは代数的拡大であり  M^* \subset \Sigmaである.
 Mの極大性から M = M^*である.
つまり, Mの任意の既約多項式の根は  Mに含まれる.
つまり, M代数的閉体である.

終わりに


Zorn補題のこのような使い方を知っておくと,結構役に立つのではないかと思います.
また,今回使った集合論の結果は,集合論の本では単調に示されていくものなので,成り立つことは分かっても,どの結果から導かれたのか分かりにくいと思います.
しかし,このように応用で使われる場面を知っておくと,印象が残って集合論を勉強するときにも役に立つのではないかと思います.


(参考文献)
足立恒雄『数 体系と歴史』

吉田善章『応用のための関数解析』

今回は関数解析の本の感想を書きます. 関数解析の使い方が分かる非常に面白い本です.

新版 応用のための関数解析―その考え方と技法 (SGC BOOKS)

新版 応用のための関数解析―その考え方と技法 (SGC BOOKS)

本の内容

本著は偏微分方程式や物理への応用を目指した関数解析の入門書です. 1章はBanach空間やHilbert空間など有限とは限らないベクトル空間についての解説で, 2章はそれらの間の"写像"である作用素についての解説です. この2つ章で関数解析の基本的な考え方が学べます. 3章は関数解析偏微分方程式の応用です. 4章はベクトル場の理論, 5章は非線形理論です. 付録は3つあり, 付録AとBではよく出てくる関数空間と不等式がそれぞれまとめてあるので便利です. 付録Cは微分形式やコホモロジーの簡単な説明で, 4章で使う予備知識がまとめてあります.

感想


関数解析偏微分方程式論に興味はあるのですが, 概念や定理が膨大すぎて, これまではなかなか分かったという感じになりませんでした. 関数解析の本も偏微分方程式の本でも, 初めから読めば理解は出来るんだけど, 素人でも定義の意味や定理の価値が分かるように書かれている本は少ないと思います. (大学の授業を受けるなど, プロの考え方に触れることができれば別なんでしょうが...)


この本の良いところは, 定義や定理の必要性や価値が分かるように書いているところです. 特に, どこに困難がありどうやって解決できるかが分かるようになっています.

1章と2章で関数解析の基本的な概念を説明しているのですが, 必要最低限だけを書いているので迷子にならずに読み切ることができます. ただし, 後の章で使うために説明してるものがいくつかあり, その記述だけでは意味が分からないものがあるので, 唐突だと感じた概念は読み飛ばしても良いかもしれません. ところで, 恥ずかしながら, 位相空間論の可分性(separablility)がよく分かってなかったんですが, 関数解析の文脈では非常にスムーズに理解できますね. この本のおかげで分かりました. (この概念は用語が悪い!!).


面白かったのは3章です. 偏微分方程式や発展方程式がテーマではありますが, この章は線形作用素の性質の解説の役割を担っています. 偏微分方程式は特に楕円方程式を扱っています. 方程式の条件(非斉次項)の滑らかさが解の滑らかさに遺伝するという楕円型方程式の性質が, どのような仕組みで現れるのかということが詳しく説明されています. さらに強楕円作用素なる概念があることも紹介しており, 楕円作用素論の奥行きを感じさせてくれます. 個人的には, 楕円型・放物型・双曲型とそれぞれの偏微分方程式が個性を持っていて, それぞれで研究内容が全然違うということが面白いと思っています. (この本で, 楕円型以外について少しぐらい説明があるとよかったんですが.) 話を戻します. 数値計算で使われる近似理論(Galerkin近似)についての説明もあります. 数値計算という数学に乗りにくそうな分野が, 関数解析は見事に扱ってみせるので, 数学以外の人も存在は知っていてほしい内容です. さて, 発展方程式に関してですが, 半群やHille-Yosidaの定理など聞いたことはあるもののよく分かっていなかった概念が, 非常によく分かりました. ポイントは有界作用素が非常に扱いやすいということと, 有界作用素でできることを非有界作用素の場合にどのように拡張するか, ということのようですね. 簡単に言えば, ある種の性質を持つ非有界作用素有界作用素で近似できるというのがYosida近似であり, これによって非有界作用素の問題は有界作用素の問題に落ちる(有界作用素の解の極限で解ける)というのがHille-Yosidaの定理です. これじゃ意味が分からないかもしれませんが, この本を読むとこの定理の価値が分かるようになっています. 感動しました.


4章と5章は実はちゃんと読めていません. 4章はベクトル解析の内容で, 関数解析とどう関係するのかなと思いました. 簡単に言えば, ストークスの定理を扱っており, 境界の扱いで関数解析が使われます. 確かに, 偏微分方程式の境界値問題を考えるならこの章は自然な流れにも思います. その他にもWeyl分解やHodge-Kodaira分解なるものが出てきます. 電磁気への応用も書いてあるので, 物理的な意味を考えながら読むと良い章なのかもしれません. 5章は非線形問題で, もちろん一般の非線形問題を考えるわけですが, 3章で線形作用素を考えていたので, この章で非線形作用素を考えるという構成にもなっているわけです. この章も物理への応用に使えるものばかりですが, この本でそれが分かるようになっているわけではありません.

最後に


関数解析偏微分方程式に少し触れたことがある人が, 専門書に行く前に読む本として最適だと思います. 少ないページ数で多くのトピックを扱っているため, 当然この本の説明だけでは分からないだろうなという部分も多く, この本で関数解析偏微分方程式に初めて触れるという人にはさすがに厳しいかもしれません. 関数解析の専門的な本(Yosida, Functional Analysisなど) は分厚くて難しい本が多いです. しかし, この本で, 専門的な関数解析の本でやりたいことがやっと分かった気がしました. もしかしたら, この本に書いてあることが分かる人は専門書を読むべきだが, そうでない人はまずこの本を読むべきだと言えるのかもしれません. 僕は, そういう立ち位置の本だと思います.