記号の世界ゟ

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Picard-Vessiot拡大の存在証明

代数的なガロア理論におけるガロア拡大は,微分ガロア理論ではPicard-Vessiot拡大と呼ばれるものになります.特に拡大で定数体が変わらないことが重要なのですが,その部分の証明で普通の微分ガロア理論の本ではシュバレーの定理を用いることがほとんどです.つまり,代数幾何の道具を使うため,まず微分体Kを代数閉体として証明し,そうでない場合でも大丈夫なことをチェックします.ここで,代数閉体を仮定してシュバレーの定理を使うところも代数閉体の仮定を外すところもどちらの議論も少し複雑で分かった気になれません.なので,西岡『微分体の理論』に沿った方法で証明し,自分の中での納得感を上げることがこの記事の目的です.(西岡では万有拡大を使って議論するのですが,今回は万有拡大を登場させずに証明します.)

Picard-Vessiot拡大とPicard-Vessiot環

 K微分体とし,その定数体を  C と表す.以下では,定数体の標数 0 であることと,定数体が代数的閉体であることを基本的に仮定している.以下の微分方程式を考える:

\displaystyle \qquad \text{(E)}\quad  Y^{(n)} + \sum_{j=0}^{n-1} a_j Y^{(j)} = 0, \quad a_n = 1, a_j \in K \,(j=1, \dots, n)
微分体の拡大  L/K が方程式(E)のPicard-Vessiot拡大であるとは,以下の条件を満たすことをいう.

 (a) 定数体が等しい,つまり, C_L = C ;

 (b) (E)の解  y_1, \dots, y_n \in L C 上線形独立なものが存在する;

 (c)  L y_1, \dots, y_n により微分体として  K 上生成である.つまり, L = K\langle y_1, \dotsm y_n \rangle

この定義の(b)において, y_1, \dots, y_n C 上線形独立であることは,ロンスキアン  \mathrm{wr} (y_1, \dots, y_n) が非ゼロであることと同値であることは重要である.

もしPicard-Vessiot拡大が存在すれば, K 上の  L 微分同型写像のなす群が微分ガロア群になるのであったが,今回はPicard-Vessiot拡大の存在のみを議論する.そのために,Picard-Vessiot環を導入する.

微分R が方程式(E)のPicard-Vessiot環であるとは,以下の条件を満たすことをいう.

 (i)  R K微分拡大環である;

 (ii)  R は単純微分環である.つまり,R微分イデアルは自明なものしか存在しない;

 (iii) (E)の解  y_1, \dots, y_n \in R C 上線形独立なものが存在する;

 (iv)  R y_i^{(j)} ( i = 1, \dots, n,  j=0, \dots, n) とロンスキアンの逆元  \mathrm{wr} (y_1, \dots, y_n)^{-1} によって環として  K 上生成.つまり, R = K [ \{y_i^{(j)} \}, \mathrm{wr} (y_1, \dots, y_n)^{-1}]


Picard-Vessiot環は,単純微分環であることと解により環として有限生成であるところが,Picard-Vessiot体との違いである.

さて,Picard-Vessiot環が存在すれば,Picard-Vessiot体は簡単に構成できる.まず,零因子の集まりが微分イデアルとなるこてゃ簡単に分かるので,単純微分環であることからPicard-Vessiot環が整域になる.Picard-Vessiot環  R は単純微分環であることから,整域となることが分かる.よって, R の商体  L の定数体が C であることを示すことができれば, L/K は (E)のPicard-Vessiot拡大であることが分かる.定数体が変わらないことは以下の定理から分かる.

(定理)
K の定数体 C標数 0代数的閉体とする. R微分 K微分拡大環とする.R環として  K 上有限生成で,かつ, R が単純微分環ならば, R の商体  L に対して, C_L = C となる.

この定理は以下の補題により証明できる.

補題

F標数 0 の体,R= F[t_1, \dots, t_n ]  F 上有限生成な整域とする.
このとき,x \in RF 上超越的なら,(x-c)^{-1} \notin R となる  c \in \mathbb{Q} が存在する.

(定理の証明)x \in C_L をとる.このとき,I = \{a \in R \mid ax \in R\}微分イデアルとなる.x = q/pq, p \in R)と表示すれば,p\in I が分かるので,I\{0\} ではない.よって,単純微分環であることから, I = Rとなる. よって,x \in R となる.xK 上超越的と仮定すると補題により  (x - c)^{-1} \notin R となる  c \in \mathbb{Q} は存在する.しかし, (x-c)^{-1} は定数だから, (x-c)^{-1} \in C \subset R となり矛盾.よって, xK 上代数的である.よって, xC 上超越的となり,C代数的閉体だから  x \in C となる. \square

最終目標は補題の証明である.その前に,Picard-Vessiot環の構成法を説明する.

ちなみに,Picard-Vessiot拡大であることと,Picard-Vessiot環の商体で書けることは同値である.

(Remark)この補題と対応するものはMagid『Lectures on Differential Galois theory』では補題1.16にある.そこでもシュバレーの定理を用いて証明している.

Picard-Vessiot環の存在証明

方程式(E)のPicard-Vessiot環を構成する.まず, n^2 個の不定 Y_{i, j} ( i=1, \dots, n, j = 0, \dots n -1) を用意し,その微分

\displaystyle \qquad Y_{i, j}' = Y_{i, j+1} \qquad j = 0, \dots, n-2 \\
\displaystyle \qquad Y_{i, n-1}' = - \sum_{j=0}^{n-1} Y_{i, j}
と定める.すると, R_1 = K[\{Y_{i,j}, \mathrm{wr} (Y_{1,0}, \dots, Y_{n,0})^{-1}]  K 上環として有限生成で, (Y_{1,0}, \dots, Y_{n,0} C 上独立な解となる微分環となる.ここで, R_1 の極大微分イデアル J として, R = R_1/J とおけば, R_1 はPicard-Vessiot環となる.ここでのポイントは,もし,  K[\{Y_{i,j}] を考えたなら, \mathrm{wr} (Y_{1,0}, \dots, Y_{n,0}) が極大微分イデアルに入った場合,イデアルで割ったときに解が独立にはならなくなってしまうというところである.このような理由があるためあらかじめ  \mathrm{wr} (Y_{1,0}, \dots, Y_{n,0})^{-1} を添加することで,ロンスキアンを可逆にしておくのである.

ちなみに,一つの方程式に対して二つのPicard-Vessiot環があればそれらは微分同型であることも分かる.つまり,Picard-Vessiot環はこの意味で一意である.

また,Picard-Vessiot環の定義において,ロンスキアンの逆数で生成されているという仮定は必要がないようにも思えるが,ロンスキアン  \mathrm{w} が可逆でない場合  w で生成されるイデアルが非自明な微分イデアルとなる.よって単純微分環にするためには  \mathrm{w}^{-1} を加えておく必要がある.

補題の証明

少し準備をする. R を整域, K R の商体とする.このとき, R K付値環であるとは,全ての  x \in K に対して, x \in R または  x^{-1} \in R となることをいう.付値環は局所環になっている.

(命題1)
 K を体,AK の部分環で  P を極大イデアルに持つ局所環 A とする.このとき, K の付値環 R A \subset R かつ, R の極大イデアル  M A \cap M = P となるものが存在する.

(証明) A を含む  K の部分環  B 1 \notin PB となるものの全体を  \mathcal{S} とおく. A \in \mathcal{S} であり,ツォルンの補題の仮定を満たすことはすぐに分かるので, \mathcal{S} は極大元  R を持つ.1 \notin PR より, PR を含む R の極大イデアル  M が存在する.RM による局所化  R_M の極大イデアル  M R_M  1 を含まないので, 1 \notin PR \subset M R_M となり, R_M R を含む  \mathcal{S} の元である. R の極大性により.R_M = R だから R は局所環である. A \cap M P を含む  Aイデアルであり,P A の極大イデアルだから  A\cap M = P である.

最後に, RK の付値環であることを示す. x \in K x \notin R とする.R の極大性により, R[x] \notin \mathcal{S} だから, 1 \in P R[x] である.よって,

\displaystyle \qquad 1 = a_0 + a_1 x + \dots + a_n x^n, \quad a_j \in PR \subset M
とかける. 1 - a_0 \in R \setminus M だから  1-a_0 R の単元であり,

\displaystyle (\star) \quad 1 = b_1 x + \dots + b_n x^n, \quad b_j \in M
と書き直すことができる.このように書ける最小の  n を取る.もし, x \notin R ならば同様の議論により,

\displaystyle \qquad 1 = c_{1} x + \dots + c_m x^{-m}, \quad c_j \in M
と書ける最小の  m をとる. n \geq m ならば,

\displaystyle \qquad b_n x^n = b_n c_{1} x^{n-1} + \dots + b_n c_m x^{n-m}
となるので, (\star) 式の  b_n x^n を消せば, n の最小性に矛盾する. n < m の場合も同様である.よって, x \in R である.よって, R K の付値環である.  \square

(Remark)この命題はアティヤ・マクドナルド『可換代数入門』の5章の演習問題27と関係する命題である.

(系)
 K を体,AK の部分環で  PA の素イデアルとする.このとき, K の付値環 R A \subset R かつ, R の極大イデアル  M A \cap M = P となるものが存在する.

(証明)A P による局所化  A_P に対して命題1を用いると, A_P \subset R かつ  A_P \cap M = P A_P となる付値環  R が存在する. A \cap M = P が簡単に分かるので証明が終わる. \square

この系を用いて補題を証明する.

補題

F標数 0 の体,R= F[t_1, \dots, t_n ]  F 上有限生成な整域とする.
このとき,x \in RF 上超越的なら,(x-c)^{-1} \notin R となる  c \in \mathbb{Q} が存在する.

(証明) x, x_1, \dots, x_m R の商体  KF 上の超越基底とする. E = F(x_1, \dots, x_m), R' = E [ t_1, \dots, t_n] とおく. x E 上でも超越的である. c \in \mathbb{Q} とする. (x-c) E [ x ]  E [ x ] の素イデアルだから,系により, K の付値環  S とその極大イデアル  M E [ x ] \subset S かつ  E [ x ] \cap M = (x-c) E [ x ] となるものが存在する.ここで,  (x-c)^{-1} \in R \subset R' とする.さらに,全ての  t_1, \dots, t_n S に含まれるとすると, R' \subset RS \subset S となり  (x-c)^{-1} \in S.よって, 1 = (x-c) (x-c)^{-1} \in M となり矛盾.したがって, t_j \notin S となる  j が存在する.S が付値環なので, t_j^{-1} \in M である.ところで  t_j E [ x ] 上代数的だから,
 
\displaystyle \qquad a^{(j)}_d (x) t_j^d + \dots + a^{(j)}_0 (x) = 0, \quad a^{(j)}_i (x) \in E [x ], a_d (x) \neq 0
となる.
 
\displaystyle \qquad a^{(j)}_{d_j} (x)= - a^{(j)}_{d_j-1} t_j^{-1} + \dots - a^{(j)}_0 (x) t_j^{-d} , \quad a^{(j)}_i (x) \in E [x ]
なので, a^{(j)}_{d_j} (x) \in E [x ] \cap M = (x-c) E [x ] となる.つまり, a^{(j)}_{d_j} (c) = 0 となる.

以上をまとめると, c \in \mathbb{Q} に対して, (x-c)^{-1} \in R ならばある j に対して, a^{(j)}_{d_j} (c) = 0 となる.しかし,  a^{(1)}_{d_1} (x)=0, \dots,  a^{(n)}_{d_n} (x)=0 のいずれかの解となるものは有限個しかないので, (x - c)^{-1} \notin R となる  c \in \mathbb{Q} が存在する(無限個存在することも分かる). \square

おまけ

途中で,微分体の拡大  L/ K に対して, c \in C_L K 上代数的ならば  C_K 上代数的であることを使った.これは簡単に分かる. y_1, \dots y_n \in KC_K 上一次独立であることは,ロンスキアンが非零であることと同値だから  C_L 上一次独立であることと同値である.よって, K C_L C_K 上線形無関連である.よって, K C_LC_K 上代数的無関連である.よって, C_K 上代数的独立な  C_L の元は  K 上でも代数的独立である.対偶をとると, K 上代数的な  C_L の元は  C_K 上でも代数的である.