位相空間論とフィルター
位相空間論の性質を論じるにあたって,フィルターが非常に便利です.この記事では,フィルターの使い方を解説します.
最初の節では,フィルターやフィルターの収束を定義します.位相空間の基本的な用語をフィルターで言い換えていきます.
次の節では,コンパクト性やハウスドルフ性に関する性質を見ていきます.特に,コンパクト空間の直積空間がコンパクトであるというチコノフの定理を証明します.
この記事の議論を見れば,今回の話は位相空間である必要はなくて単にフィルターの収束が決まっていればいいのではないかと思われると思います.実際にその通りで,位相空間を一般化した収束空間というものがあります.収束空間は少し難しいので,最後の節では位相空間より少しだけ一般化した前位相空間について解説します.前位相空間を勉強すると,位相空間の公理の理解も深まります.
(以下,口調が変わります.)
フィルターの収束
を位相空間とする.位相空間は開集合や閉包作用素などいろいろな定義の仕方があるが,今回は近傍系によって定義しよう.
集合 が位相空間であるとは,各点 に対して、 の部分集合からなる空でない集合族 が存在して以下が成り立つことをいう:
(i) すべての に対して,;
(ii) かつ ならば ;
(iii) ならば ;
(iv) すべての に対して、ある が存在して、すべての に対して .
を の近傍系という.
位相空間の定義は(iv)の性質だけ少し難しい.実はこれには深い意味がある.そのことは前位相空間の節で明らかになる.まず,近傍系の定義を一般化したものとしてフィルターを定義する.
集合 に対して,の部分集合からなる空でない集合族 がフィルターであるとは,以下が成り立つことをいう:
(i)
(ii) かつ ならば ;
(iii) ならば .
二つのフィルター に対して, が成り立つとき, は よりも粗い,または, は よりも細かいなどという.
フィルターの性質(i)だけ近傍系の性質(i)と少し違うように見えるが,近傍系の性質(i)により空集合は に含まれないので,近傍系はフィルターである.近傍系性質(iv)はどこに行ったのかと疑問に思うかもしれないが,(iv)は近傍系同士の関係を述べたものであるので,一点における近傍系の一般化としてフィルターを定義している.
さて,位相空間を論じるために必要なフィルターの収束を定義しよう.
位相空間 におけるフィルター が点 に収束するとは,の近傍系 よりも が細かいこと,つまり, が成り立つことをいう.
が に収束するとき, は の 極限点という.
フィルターの収束により,位相空間を直感的に扱えるようになる.例えば,距離空間において,部分集合 の閉包とは, に値をとる点列の収束先を集めたものであった.これは位相空間では成り立たないが,フィルターで言い換えれば成り立つ.
位相空間 において部分集合 の閉包を とするとき, と,におけるフィルター で に収束し となるものが存在することは同値.
Proof. とする.すると, の任意の近傍 に対して となる. とおく.であり, ならば が成り立つ.なので, ある が存在して と定めると, はフィルターになる.特に,構成法から かつ となるので,に収束し を含むフィルターの存在が言えた.
は に収束し を含むフィルターとする. なので, に対して である.特に, なので,任意の に対して となる.よって, となる.
この命題と証明から,フィルターを使っていく上で重要な二つの要素が見えてくる.まず, となるフィルターは に値をとる点列の類似と思える.そこで, におけるフィルター が を満たすとき, は 上のフィルターと呼ぶことにする.
次に,証明で現れた はフィルターではないもののフィルターを生成することができる.このようなものを定義しておこう.
集合 に対して,の部分集合からなる空でない集合族 がフィルター基であるとは,以下が成り立つことをいう:
(i)
(ii) ならば,ある が存在して .
フィルター ある が存在して を で生成されるフィルターと呼ぶ.
で生成されるフィルター が に収束するとき,フィルター基 が に収束すると言う.
関数 と におけるフィルター に対して,
は におけるフィルター基ではあるがフィルターとは限らない.一方, のフィルター に対して,全ての で となるならば,
は におけるフィルターになる.
位相空間の連続性は収束という言葉で言えば随分直感的に言い換えることができる.
位相空間 と関数 に対して, が で連続なことと, に収束する における全てのフィルター に対して,フィルター基 が に収束することが同値.
証明は省略.
つまり,連続な関数はフィルターの収束を保存するものである.
コンパクトとハウスドルフ
コンパクト性
フィルターは極限点を持つとは限らない.ギリギリまで細かいフィルターをしたものを極大フィルターと呼ぶ.
フィルター が極大フィルターであるとは,フィルター に対して, ならば が成り立つことを言う.
(つまり,極大フィルターとは自分より細かいフィルターが存在しないフィルターである.)
極大フィルターは具体的にどのようなものかイメージしにくい.それもそのはずで,極大フィルターの存在はZornの補題で示されるものだからである.
任意のフィルター に対して, より細かい極大フィルターが必ず存在する.
さて,極大フィルターを使えば,コンパクト性が定義できる.
位相空間 がコンパクト であるとは,任意の極大フィルターが極限点を持つことである.
上の定理を使えば,コンパクトとは,フィルターを細かくすればある点に収束することと言える.これは,任意の点列は収束する部分列を持つと言う性質の類似だと捉えると良い.
チコノフの定理を証明するために,直積空間の定義を復習する.
位相空間の族 の直積集合 が直積空間であるとは, の位相で全ての射影 が連続になる最弱の位相が に定まっていることである.
直積空間は深入りすると面倒なので,必要な性質を証明なしで述べる.
位相空間の族 とその直積空間 に対して,におけるフィルター が に収束することと,全ての に対して, におけるフィルター基 が に収束することが同値である.
Proof.前者が成り立てば後者が成り立つのは,射影 が連続写像だから当然である.逆が難しい.
以上のことを認めれば,チコノフの定理は自明である.
位相空間の族 とその直積空間 を考える.全ての がコンパクトなら,直積空間 もコンパクトである.
Proof.における極大フィルターを とする.補題12により, は における極大イデアルである. がコンパクトであるから, はある点 に収束する.よって,定理11により, は となる に収束する.以上により, の極大イデアルは極限点を必ず持つから, はコンパクトである.
ハウスドルフ性
ハウスドルフ性はフィルターを用いると以下のように定義できる.
位相空間 がハウスドルフであるとは, における任意のフィルターが高々1つしか極限点を持たないことをいう.
(つまり,フィルターが2つ以上の極限点を持たない空間がハウスドルフ空間である.)
ハウスドルフ性自体も興味深いが,コンパクトや閉集合との関連でハウスドルフ性は重要である.以下ではイメージを重視した証明を述べるが,フィルターに慣れてきたら容易に厳密な証明に書き換えることができる.
位相空間 を考える.はコンパクトとする.このとき, の部分集合 が閉ならば, はコンパクトである.
Proof. がコンパクトであることを示すためには, の極大フィルター が に極限点を持つことを言えば良い. はコンパクトであるから, を における 上のフィルターと見れば極限点 を持つ. が閉であるから,命題4により 上のフィルターの極限点は に入る.以上により, における極大イデアルは に極限点を持つため, はコンパクトである.
位相空間 を考える. はハウスドルフとする.このとき,の部分集合 がコンパクトならば, は閉である.
Proof. が閉であることを言うためには,命題4により,上のフィルターの極限点が に入っていることを言えば良い.あるフィルターの極限点はより細かい極大フィルターの極限点になるので,極大フィルターのみを考えれば良い. 上の極大フィルター は がコンパクトであることから に極限点を持つ.しかし, がハウスドルフであることから他には極限点はない.つまり, 上のフィルターの極限点は必ず に入る.よって, は閉である.
これらの命題を応用すれば,非常に面白いことが言える.その準備として,コンパクト集合の連続写像による像がコンパクトであることをみる.
Proof. の極大フィルター を考える. の引き戻し を含むような の極大フィルター をとると, はコンパクトなので,は極限点 を持つ. が連続なので, は を極限点にもつ. は の極大フィルターだったので, となり, は極限点を持つ.つまり, の極大フィルターは極限点を持つことが示せた.
Proof. が連続写像であること,つまり, の閉集合を の閉集合に移すことを見れば良い. の閉集合 をとると, がコンパクトなので命題14より はコンパクトである. は連続写像だから,命題16より はコンパクトである. はハウスドルフだから,命題15より は閉である.よって,が連続であることが言えた.
前位相空間
今回の記事の議論では,フィルターの収束だけで様々なことが言えた.フィルターの収束は近傍系から定義できる.そこで近傍系を一般化しても,収束だけで様々なことが議論できるということが想像できる.そのようなモチベーションで一般化したものが前位相空間である.
集合 が前位相空間であるとは,各点 に対して、 の部分集合からなる空でない集合族 が存在して以下が成り立つことをいう:
(i) すべての に対して,;
(ii) かつ ならば ;
(iii) ならば ;
前位相空間 におけるフィルター が に収束するとは, が成り立つことをいう.
をフィルター場という.
つまり,収束を定める基準となるフィルターを各点に定めたものが前位相空間である.前位相空間においても,コンパクト性やハウスドルフ性を定義でき,これまでの議論は全く同様に行うことができる.
前位相空間をさらに一般化した空間も存在する.しかし,これ以上一般化すると,位相空間とのズレが大きくなるので,前位相空間で議論する論文も非常に多い.
さて,前位相空間は位相空間とは限らない.位相空間論で学ぶように,近傍系の性質(iv)が成り立つかどうかで,位相空間となるかが完全に決まるからである.この点をもう少し見てみよう.空間は,近傍系の他に開集合や閉集合,閉包作用素や開核作用素でも定義できるが,開集合と閉集合の公理は3つなのに対して,近傍系,閉包作用素,開核作用素の公理は4つであった.実はここに隠れた意味があるのである.
簡単のため,開集合の公理と閉包作用素の公理のみを復習する.
集合 に対して,部分集合の族 が開集合族であるとは,以下が成り立つことをいう:
(i) かつ ;
(ii) ならば ;
(iii) ならば .
集合 に対して,部分集合から部分集合への関数 が閉包作用素であるとは,以下が成り立つことをいう:
(i) ;
(ii) 任意の部分集合 に対して,;
(iii) 任意の部分集合 に対して,;
(iv) 任意の部分集合 に対して,;
さて,閉包作用素の公理(iv)を満たさないものを考える.
集合 に対して,部分集合から部分集合への関数 が擬閉包作用素であるとは,以下が成り立つことをいう:
(i) ;
(ii) 任意の部分集合 に対して,;
(iii) 任意の部分集合 に対して,;
近傍系と閉包作用素は以下の関係で結びついていた.
実は,上の関係を使えばフィルター場と擬閉包作用素が1対1に対応しているのである.
集合 に対して,フィルター場と擬閉包作用素が1対1に対応する.
位相のときの証明を(iv)を使うかどうかに注意すれば良い.
参考文献
フィルターを使った議論に興味を持たれた方には.
柴田敏男『集合と位相空間』(共立出版)
N. Bourbaki, "General Topology"
をオススメする.私が書いたpdfでよければ,
tetobourbaki.hatenablog.com
からダウンロードできる.正直なところあまり正確に書けていないが,省略した証明は書いたはずである.(定義が少し違うものがあるので注意せよ.)
収束空間や前位相空間について書かれている本はほとんどないが,
R. Beattie, H, P. Butzmann, "Convergence Structures and Applications to Functional Analysis"
が良書だと思う.uniさんの素晴らしいpdf
unununum.hatenablog.com
も参考にしていただきたい.あと,どこかの大学のMaster論文
Raed Juma Hassan Shqair, "On The Theory of Convergence Spaces"
も検索すれば出てくる.基本的なところから書いていて読みやすいし,新しい結果も踏まえて書かれていて,参考文献も役に立つ.
収束空間に関しては,今後,詳しい内容を書いて何らかの形で発表したいと思っています.